小説V

□愛という正義で(憎という悪儀で)人は人を殺す
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志郎は参郎と共に夕食を取った。魚の煮付けは良い具合に味が付いていた。
それを政子に伝えると、彼女は跳び跳ねた。

「魚料理には自信があったので、私に任せてもらったんです」

聞けば、水産業の盛んな土地の出身らしい。
これからも期待して欲しいと声に力を込めていた。


二人になった時を見計らい、参郎は口を開いた。

「彦助がまた姿をくらましたらしい」

父親である彦助は放浪癖がある。その理由を息子達は知っている。

「椿乃さんのことが嫌いだからね」

彦助は藤ノ山家の婿養子だ。椿乃が強制的に婚姻させたのだという噂。
その噂話を口にした者は処罰されたという事実があることから、噂は真実なのだろう。

あの夫婦の好意は一方的なもの。そうでなければ、長屋の子ども達は存在しない。

「彦助は愚かだ」

同じ過ちを何度も繰り返す。参郎はため息を吐く。

「椿乃さんの“正義”で何人が犠牲になった? 彦助はそれを重く受け止めていない」

「あの人は目の前しか見えていないからね」

目の前に存在する女の姿しか頭にない。
自分達の母との関係は過去として忘れている。そして、自分達のことも忘れている。
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