小説V
□揺らぐ心の行き先は
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「どこにいるんです?宝!!」
たから、とは人の名前だろうか?
もしやと思いながら、柾子は少年に問う。
「僕のお名前は……たから君?」
「うん!」
驚いたことに、はっきりと返事が返ってきた。
宝とは珍しい名前だと思う。
「僕はふじのやま、たからです」
「藤ノ山?」
宝の口から出てきた名に驚きを隠せない柾子。
この目は壱郎達に似ていたのだと気付く。
「それじゃあ…宝君が……」
あの長屋が出来た由縁。
同じ敷地に暮らしていても、会うことはないのだろうと思っていた。
「宝!!」
近付いてくる声。宝は母だと喜びを顔に浮かべ、声の方へと走り出した。
「あ……っ」
突然のことに柾子は出遅れた。追いかけようとしたが、聞こえてくる会話に息を殺した。
「こんな所で何をしていたのです?」
「かえるを追いかけていました」
「……二度と此方へは来てはなりませんよ」
柾子は初めて耳にした椿乃の声に恐怖を感じた。
長屋へは近付くな、それには忌々しさが恐ろしい程感じ取れた。
菫色の着物。
そっと伺った後ろ姿は気高く威厳を感じさせた。
身に纏う雰囲気すら冷たく恐ろしい。
藤ノ山の名を出せば誰もが道を開け、頭を下げるという。半信半疑だった柾子だが、見聞きしたものに信じるしかないと思った。
藤ノ山椿乃ならば、生きる法律と言われていてもおかしくない。
それ程、凄みを見せられたのだった。
柾子は恐ろしさに揺らぐ心音を落ち着かせようと、静かに息を吐いた。
Title by 終末アリス