小説V

□ごめんね、上手に愛してあげられなくて
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潮の香り、漁で使われた網や船、賑わう人の声。
征子は懐かしさに頬が緩んだ。少し前まで当たり前だった光景が、今では非日常となってしまった。

藤ノ山がある町は、町全体が異様な雰囲気である。鈍感な征子はあまり気にしていなかったが、故郷に帰ってきたことで気付いてしまう。

あの町は若い女の姿が少ない。征子が藤ノ山の使いと知ると怯えたように態度を変える。

その様子に落ち込んでいると、女中仲間が耳打ちしてくれた。

“もし娘たちが彦助様の寵を受けたりしたら、椿乃様が黙っていないから”

報復を怖れていると知り、壱郎たちの母親も何らかの仕打ちを受けたのだろうかと考え、柾子は不安になった。

彼らから母親やその親族の話を聞いたことがない。

まだ姿を見せたことのない彦助とはどんな人物なのだろうか?

誰もを愛憎に巻き込んでしまうあの町は異常だ。
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