ORIGINAL


□短編集
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別れ。離別。




俺は古本屋。
老舗の店主。
その角の店の四代目。

俺も
親父も
じいさんも

ひぃじいさんの店を継いだ。

やることが見つからず
やりたいことすらわからずに

ただひぃじいさんの店を継いだ。

古本に囲まれて
商品をカウンターで読む。

俺の日常。



ある日買取に出かけた。

「足が悪くて、取りに行けない」

そんな電話がかかってきたから。


相棒…ワゴン車に乗っているのは俺1人。
行き先はこのむこう。
四番地の赤い屋根。


迎えたじいさんは、なるほど
かなりびっこを引きながら俺を部屋へと案内する。

本棚にぎっしり詰められて
出せ
出せ
出してくれ
と、もがくヤツらをスルーして

俺はじいさんに尋ねる。
「品物は?」
たった一言。

じいさんは俺に答える。
「全部だ。」
たった一言。

大きな安楽椅子。
使い古した煙管。
何百冊もの黄ばんだ本。

一冊を手に取って
「かなり読み込んだのですね」
と言えば、
「古本屋で買った。」
と返す。

このじいさんの顔も名前も
初めて知った。

「お前の代には行っていない。」

そこの本は親父の代。
あっちの本はじいさんの代。
この本はひぃじいさんの代。

そう言ってじいさんは黙る。

そんなはずはない。
どの本も丁寧にカバーがかかり
どの本も破れることなく
最善の状態で残っているのだ。

そんな本、うちの店には
一冊だってありゃしない。

煙管をふかすじいさんを見て、
俺はもう話を止めた。
ただ黙々と、彼の息子たちを調べていった。

埃を払い、
背表紙を撫で、
全てのページに目を配り…



「じゃあ、持って行きますので。」

じいさんはコクリと頷く。

細い杖。
粗末な部屋着。
くすんだスリッパ。

それらを目に焼き付けて
本たちに焼き付けさせて

俺は相棒に乗り込んだ。



俺は古本屋。
老舗の店主。
この角の店の四代目。

こないだ四番地のじいさんが、
一人寂しく旅立っていった。
人生最後の旅路へと。

客の噂で聞いた話。

俺は相変わらず、
商品に囲まれて、
本をカウンターの中で読む。

ページを繰るたび香る、
古い紙と埃のにおい。
包まれたまま潜り込む、
本の世界。

かつてあのじいさんが感じただろう感情を抱いて
俺はカウンターの中で読む。

手の中に心地よい重みを感じながら
俺はじいさんの本を読む。


いつかは色褪せる物語を。




(それでもこれは、永遠の物語)
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