ANOTHER


□愛、おぼえていますか
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今日も急に思い出したんだ。あの子のこと。
なんでだろ。もう少しで戦争が始まるからかな。

相手はドイツ。初めて戦う国。



「はぁ…」



なんとなくため息。

戦争は嫌い。だって、そのせいであの子がいなくなっちゃったから。

どんな相手でも、嫌い。



グラスの中の赤ワインを一気に飲みほした。
で、気づく。

ボトルの年数。1806年。

あの子がいなくなった年。


だからか。妙に納得して、またグラスに注ぐ。

体がだんだん熱くなってきた。アルコールが効いてきたみたいだ。

ほろ酔い加減で立ち上がって、ただなんとなく窓のカーテンを開けた。
見えるのは満天の星空。

もっとしっかり見たくて、火照った体を冷やしたくて、窓も開けちゃった。

グラスを持ったまま庭のテラスに出る。



春先のまだひんやりした風が気持ちいい。
俺の顔を撫でて、するっと抜けてく。

その心地いい景色と感覚を体中で感じたくて、テラスの手すりに寄っかかり、俺はそっと目を閉じた。









静かな星たち。

優しい風。

この雰囲気は昔っから変わらない。



あの子と一緒だった頃と…









『……イタリア。』









ハッとして顔を上げた。

今確かに聞こえた。懐かしい、声が。
ずいぶん時間はたっちゃったけど、絶対忘れない。



あの子の声だ。




「神聖…ローマ……?」




周りを見回してみるけど、いるはずない。
だってあの子は、いなくなっちゃったんだもん。

この世界から。




また目を瞑って自分の世界に潜ろうとしたけど、ダメだった。



『イタリア』



どうしてもあの子の声が聞こえる。



『イタリア、来いよ』



「神聖ローマ、どこにいるの?」



口にしたら、一気に淋しさが押し寄せて来た。





会いたい。

会いたいよ。

スッゴく、我慢できないくらい。





目頭がだんだん熱くなって、星が滲んで見える。




俺、淋しくて死んじゃうよ…。





ずっとずーっと長い間、神聖ローマがいない世界を生きてきた。

でも、もう無理だよ。


目を閉じて、答えを待った。




そしたら…



瞼の裏に、あの子が見えた。
一歩一歩歩いてくる。




「あ……」




黒い帽子。黒いマント。黒い軍服。
オールバックにした金の髪。
俺をまっすぐ見つめる青い瞳。

全部が昔のまま。




『神聖ローマ!』




こぼれた声は高かった。
伸ばした手は小さかった。


お互いの目に映る姿は昔のまま。
そっと手と手を合わせた。



『イタリア、もう泣くな』



空いた方の手で頬を撫でられて、その感触で初めて気づいた。



『うん。もう泣かないよ』



神聖ローマが来てくれたから。



ニコって笑ったら、神聖ローマもほっとしたように笑ってくれた。



我慢してたけど、やっぱり俺、心の中で泣いてたんだね。

だから、心配して来てくれたんだね。



覚えてる?今みたいに目と目が合ったときを。

覚えてる?今みたいに手と手が触れ合ったときを。

そんなさりげない一瞬一瞬に、俺は初めて"愛"っていうキモチを感じたんだよ。



『ごめんな、イタリア。俺、お前になんにも言わずに…』


『ううん。いいの』



こうやって会いに来てくれただけで。



悲しそうな顔してほしくなくて、そっと神聖ローマのほっぺたを手で撫でた。
さっき神聖ローマがしてくれたみたいに。


そしたら神聖ローマの顔がボンッって赤くなって、すっごく可愛いなと思った。



『…俺、言わなくちゃならないことがあるんだ』



なんとか真剣な表情になって、神聖ローマが言う。

俺は黙って頷く。



『俺、ほんとは、お前のすぐ近くにいるんだ』




『……え?』



びっくりした。



『…今、いるじゃない』


『違うんだ。これは…』



神聖ローマは教えてくれた。


実はもう魂は別のところにあって、本当はこの姿には戻れないはずだったってことと、
神様にお願いして無理やり会いに来たってことを。



『そうなんだ…』


『ああ。…だから、今会ってる俺たちは魂同士なんだ』



だから昔のまんまなんだね。



『いいか、イタリア。今度こそ俺はずっとずっとお前の側にいるからな』



だから、泣くんじゃない。ってまた照れたような顔で言うから、思わず笑顔になっちゃった。



『ありがとう。神聖ローマ』



俺の笑顔を見て安心したのか、神聖ローマはふわっと笑うと、周りに溶けるように…消えた。






そっと目を開ける。



手は昔よりずいぶん大きくなってて、少し近くなった空には満天の星。



夢みたいだったけど…






「夢じゃ…ないんだね」






胸のあたりがほっこりあったかいから。



無意識に胸に手を当てて、空に向かってにっこり笑った。




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