ぶらぼ

□待ち人きたる
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昨日よりもどんよりとした空。見ているだけで体が重くなってアスファルトに沈み込んでしまいそうな、そんな空。それでも人はせっせか動く、歩く。流れに逆らえば思いっきり突き飛ばされてアスファルトとのご対面を果たすであろうその危険的行為を、わたしはここ三時間ぶっ続けているのだけれど。



(‥‥嗚呼、まただ。)



携帯片手に早足で歩いてきた営業マン風なおじさんも、音漏れに気づかないままイヤホンを耳にさす学生も、手を繋ぎながら遊ぶ約束をする小学生の女の子達も、何もかも。この、わたしの身体をすり抜ける。
ぶつかることも、その温もりを感じることもない。みんなみんなわたしに気づかず歩いていく。


どうしてぶつからないのだろう?さっきむこうで誰かと誰かがぶつかったのに。どうしてみんなわたしを見ないのだろう?まるでそこにはこごえそうに冷えた空気しかないかのように。どうしてわたしはここに居るのだろう?暖かい、わたしの帰るべき場所が有るだろうに。

それも全部ぜんぶ、わすれてしまった。
なぜわたしがここに居て、わたしはいつからここに居て、なぜ人がわたしをすり抜けて、なぜわたしが人と触れられなくて、なぜ人にわたしは見えなくて、なぜ、なぜ、何故、


なぜわたしはひとりぼっちで、




しんでしまったのだろうか。



寒さなんてこれっぽっちも感じない身体なのに、どこか寒い。寒くて身を縮めて腕を抱える。人の足がわたしの頭にむかって振り下ろされる。いたい、いたいいたい痛い。くるしいよ。くるしいよ。息する必要もないのにわたしの肺は酸素を求めているらしい。水槽に入れられたばかりの金魚のように口を開閉させても、わたしの肺は縮み込んだままで気管もぎゅうぎゅうと誰かの手で捻られるように苦しい、くるしい、つらい。誰かの鞄がわたしの肩をすり抜ける。いたい、いたいよ。くるしいよ。誰か、だれか。だれかわたしを見つけてよ。いたくていたくて、もう動けないぐらいにくるしくて。いっそアスファルトに溶け込んで人を見上げて踏まれて過ごそうか。そうしたらきっと、身体中がいたくって、この痛みも苦しさも全部全部慣れっこになってしまうかもしれない。こうやってこの痛みや苦しみに涙を流す日がこなくなるかもしれない。誰かのぶら下がった手の中の煙草の火がわたしの顔に、




「あぶないなぁ」


「やけどしたらどうしてくれるんだ」


「大丈夫?」




煙草の火の代わりに、白い、大きな手がわたしに触れた。あたたかい。触れた、わたしに、触れた、あたたかい。




「遅くなってごめん」


「やっとみつけたんだ」


「君のこと、ちゃんと案内できなかったんだ」


「ごめんね」




「ひとりは寂しかったよね」



うん、さみしかった。
でも、もういいの。
あなたがきてくれたから。
あなたがわたしに触れてくれたから。
痛みも苦しさも全部全部、すぅっと冷たい空気に溶けていったから。
だから、もういいの。
だから、はやく、早く、



「さあ、いこうか」




はやく、

いきたい
(逝きたい)
(行きたい)
(生きたい)






幽霊と閻魔大王

歩き煙草、ダメ絶対。





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