闇語り

□禁欲鳥籠
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 ――コンコン。


「……入りなさい」

「失礼します」


 秋風が僅かに冷たさを含み、窓を悪戯に叩き出した、ある日の放課後。

 本舎から離れた場所にある科学準備室のドアを、乾いた音を鳴らす音に、この部屋の主 藤嵜 直弥(フジサキ ナオヤ)は一息置くと、今しがたノックをした相手を声で招く。

 カチャ、と金属の擦れた音と共に直弥の前に姿を現したのは、彼が密かに思いを寄せ、独占したいと心の底から願った、この学園の生徒 誉田 芍薬(ホンダ シャクヤク)であった。

 一本、鋼の棒を通したように真っすぐ立つ華奢な彼女は、学園の白いワンピーススタイルのどこにも染み一つない純潔な制服が良く似合う。

 彼女は、何故、自分が呼び出されたのか、理由が解らないのか、何処か迷子のような怯えた瞳を忙しなく動かし、直弥の意図を探っているように見えた。

 そう――本来なら、芍薬の受け持ち担当ではない直弥。

 だからこそ、こうして呼び出すのは不可能かつ不自然であった。

 では何故、このような舞台が繰り広げられたかといえば。

 どうしても芍薬と接触したかった直弥は、先日行われた期末テストの監視役を、本来担当であった同僚教諭と内密に交替して貰い、無事、その目的を果たす事ができたのだ。

 時間にすれば短く、逢瀬と呼ぶには、彼女が直弥の存在を『試験官』としか認識していなかったけども。

 だが、その時の事を思い出す度に、直弥の全身を甘美なる痺れが駆け巡り、肉欲が溢れ疼きだす。


 しん、とした、閑静な教室を、生徒達が真っ白なテスト用紙を塗り潰すが如く、懸命に解答する机の列を縫うように、直弥は辺りを見回しながら監視をしていた。

 校庭側の大きく取られた窓からは、秋から冬にかけて移ろいゆく弱々しい陽光が教室全体を満たし、ぼんやりとグラデーションに照らす。

 時折奏でるのは、悪戯に閉ざされきった窓を叩く秋の冷えた風と、生徒達の回答する音だけ。

 直弥はカリカリとシャープペンシルを机に叩く音を耳にしながらも、常に視線だけは、窓際のある一点に注ぎ続けていた。



 
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