闇語り

□禁欲鳥籠
3ページ/23ページ

 窓際の列、最後尾。

 そこは、直弥が内なる想いに焦がれた誉田 芍薬が、テスト用紙に視線を落とし、真剣に向かい合っている姿があった。

 秋の柔らかな陽射しが、芍薬の艶ある髪を更に照らし、優しく揺れる動きに合わせ、波打ち煌めく。 

 伏せた瞼を縁取る長い睫毛は、瞬きにそっと揺れ、その度に直弥の鼓動を早めた。

 直弥は、その真剣な眼差しで集中している彼女に、ドクドクと血液が心臓に送り込まれ、煽情的な思いが一気に躰を駆け巡る。

 もしかしたら、自分は可笑しな病にでも罹ってしまったのか?と思わず嘲笑した。自身に問い質しまう程に、心臓は静かな教室を響いてしまう恐れを抱く程に高鳴り、枯渇した喉は空気に紛れる僅かな水を求めるように喘ぎ、それなのに、季節外れな冷たい汗が背中を、つ、と伝っていた。

 直弥の全身全霊が、壊れてしまう程、無意識に芍薬を求め、欲情に溢れていたのだった。


 『やはり欲しい』

 『手に入れなければ、狂ってしまう』

 『殺してでも彼女が欲しい』


 直弥の思考は、芍薬を求め、次第に歪んだ物へと変化していく。


 それは、直弥自身さえ全く気付かずに、ゆっくりと、でも確実に崩壊して……。




 テスト期間が終了するまでの数日間、蝕むように想いに取り憑つかれてしまった直弥は、学校勤務を終えると、同僚の誘い全てを断り、自宅からさほど離れていない、今は廃墟となり立入禁止となった、元々は病院だった建物の地下に毎日入り浸っては、彼女に捧げる為の『ある物』を秘密裏に作成していた。

 科学教師である自分が、彼女を思いながら、慣れない熔接を駆使して作り上げた『作品』の完成を目の当たりにすると、直弥は空気が澱む地下室の酸素を吸い込み、満足げな溜息を長く吐き出す。


「待っていてくれ、君を必ず倖せにするから……」


 まだ空な『ソレ』にそっと触れ、額を寄せると、もうじき来るであろう未来に心馳せ、誓いを呟くのだった。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ