夜のティータイム

□そこにあるという証
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アリスはノックをしてドアを開く。










ドアを開けば、ユリウスが、そこで変わりなく時計の修理の仕事をしている。











彼の仕事は、この世界の人の再生の仕事。











尊い仕事だとアリスは思っている。











ふと、アリスに気づいた、ユリウスが顔をあげた。











「アリス、寒いからドアを閉めろ……」











アリスの入ろうとしていたドアから、ユリウスの作業する温かな部屋に、寒い空気が流れてくる。











「ごめんなさい……」










パタンと、静かに、音をたてないようにドアを閉めた。











乱雑に置かれた、時計の部品と機械油の香り。











それに混ざって、コーヒーの香り。











この塔の一角から、切り離された安心する空間。











アリスはユリウスの作業台の傍にある椅子に腰をかけた。











ユリウスはアリスがその椅子に座る事を、当たり前のように、気にしない。











黙々と、時計の修理の作業を続ける。











コン!と、肘の音をわざとたてて、頬づえをつき、アリスはユリウスの顔をジーッと、
覗き込んだ。











「何だ……?」










アリスの視線に気づいたユリウスが静かに顔をあげる。











「……別に……」












「そうか……」と、一言、ユリウスは言い返すと、それ以上、アリスの言葉を追求しない。











手慣れた手つきで、時計のねじをキュッと、締めた。











その、ねじをユリウスが締めると、時計が生き返ったかのように、チクタクと、音を奏で始める。











「ユリウス、その時計、直ったのね ?」











「……当たり前だ。
何年、私が時計屋をしていると思っている」











何個、いや、何万個の時計を彼は直してきた事だろう?











ユリウスは、一つの時計が、手の中で息吹き始めるごとに、ホッとしたかのような、顔をする。











そんなユリウスの表情を知っているのは、アリスだけだ。










トントンと、肩をたたき、ユリウスは仕事に一段落をつける。











細かい作業をしていて、目が疲れたのか、ユリウスはかけていたメガネをはずし、鼻筋をスーッと撫でた。











「疲れたでしょ ?ユリウス。
チョコレート、食べる ?」











「あぁ……」











アリスは意味ありげな、ピンクのリボンのついた箱をポケットからだして、ユリウスの作業台に置いた。











その箱を見た、とたん、ギョッと、ユリウスが目を瞬かせる。











「何だ ? これは……」











「チョコレートよ……」











「こんな、仰々しい、箱に入っているものは、何だ ? と、私は聞いている……」











あれだけ、ナイトメアがぎゃぁ、ぎゃぁ、騒げば、補佐であるグレイが降りてバレンタインという行事は決行される。











外に、用事で出かければ、クリスマスの時もそうだったが、クローバーの塔の領土内のお店はバレンタインの色、一色になる。











可愛い、色とりどりのショウウィンドウを
目の当たりにしてしまえば、アリスもナイトメアの気まぐれの行事に反対していたはずなのに、思わず、一つ、チョコレートを手にとって、乗っかってしまった。











その、チョコを手にとって、『誰にあげようか ?』と、考えた時に真っ先にユリウスの顔が頭に思い浮かんだのだ。











「バレンタインのチョコなの……」











ユリウスに、普通にチョコを渡す行為は恥ずかしい。











ごく、「自然に渡せる方法はないか」と、考えに、考えた結果の渡し方だった。











案の定というか、当たり前のように、ユリウスは箱について、指摘してくる。










「バレンタイン ?
お前は……。
そんなもの、どこかの菓子会社が菓子の売り上げを伸ばそうと考えた戦略だ。
ついでを言えば、包装会社もそれにのっかっている……」











こういった、「バレンタイン」に、ついて、詳しい講釈をユリウスは淡々と述べる。











「そんなこと、わかってるわ……」










「――だったら……、何も、こんな箱に入ったものでなくとも……」










「良いから……、受け取ってほしいの……。
ユリウスの為に選んだんだから――」











アリスは作業机から、バレンタインのチョコレートの箱を取り、ユリウスの手に握らせた。










――こんな面倒な事をしなくとも、初めから、こういう風に渡せばよかった……。











アリスは、さりげなさを演出したかっのだ。











可愛らしく、素直に渡せば、こんな講釈を聞く事もなかったのだが……。











そんなに簡単に、ユリウスにチョコレートを渡せる自信がまるでなかった。











いかにも、恋人に渡す感じが、照れくさかったのだ。












「私の為に……か…… ?」











「……そうよ……」と、アリスはユリウスから顔を背けた。










馬鹿な演出をした事の恥ずかしさで、アリスのユリウスへの態度がそっけなくなってしまう。




















かっこ悪い。
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