番外編

□ホワイトデー特別編
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〜海鳴市 某所〜


「う〜ん……」


海鳴市内のとあるデパートのアクセサリー売り場に、ウィンはいた。
彼の目の前には、色取り取りのアクセサリー。中々目移りしてしまい、なかなか決まらない。

結局あのあと、プレシアがバルディッシュを改造するために時の庭園に引き篭もってしまったのだ。
バルディッシュからは「助けてください!」と切実に懇願されたが、ウィンはバルディッシュを見捨ててしまった。

あまりにも。あまりにもフェイトの楽しそうな表情がウィンを引き留めてしまったのだ。
バルディッシュもフェイトの嬉しそうな表情を見てしまったのか。諦めたような声で「がんばります」と言っていたが。


「……ダメだ。分らない」


しばし目前のアクセサリーを眺めていたが、なかなか決まらないのか。
ウィンはガクリと床に膝をついた。女性に贈り物など、一体何年振りだろうか。

チラリと視線を商品棚に向けてみれば、すでに選び終わっている三つのアクセサリーと一つのお菓子。
なのはや明日香。それに、プレシアやアルフのものは、すでに選び終わっている。だが、フェイトだけ決まらない。

プレシアや明日香からは、好きな人から貰えるなら、なんだって嬉しいと言われている。
だが、妥協しようとしても、脳裏にフェイトの悲しげな表情が浮かぶのだ。そんな顔は、見たくない。


「あぅう……そろそろなのはさんも帰ってくるのに……」


視線を腕につけている腕時計に視線を向ければ、そろそろ小学校が終わる時刻。
そうなってしまえば、なのはや明日香にお返しをしなければならない。フェイトのお返しが、決まっていないのに。


「坊主。ホワイトデーのお返しかい?」

「え? あ、まぁ……」


ウィンがしばし頭を抱えていると、不意にしわがれた老人の声が聞こえた。
誰だろうと視線をそちらに向ければ、しゃがんでウィンと視線を合わせている一人の老人の姿。

誰だろうと内心で考えながら、ウィンは老人の問いかけに答えた。
一方、ウィンから返事をもらった老人は、さも愉快そうに「カッカッカ!」と笑みを浮かべている。


「そうかそうか! それで、坊主は何をやるんだ?」

「それが……さっぱりです」

「ほう? それじゃあ、四人のお返しは決まっとるのに、最後の一人が決まらんのか」

「……えぇ」


老人はウィンの返事に笑みを浮かべながら、なおも質問を重ねた。
チラリと顔色を窺ってみるが、あまり不審な気配を感じない。大方、ウィンを見かねてアドバイスをくれたのだろう。

ウィンは老人に向けて、肩をすくめる仕草をした。実際、なかなか決まらないのは事実。
そうすると、老人はチラリと視線を商品棚に視線を向けた。そこには、他の四人へのプレゼント。

大体の贈り物は決まったのに、フェイトの贈り物だけがイマイチ決まらない。
もどかしい思いに囚われ、ウィンは内心で苦々しい表情を浮かべる。せっかくなら、喜んでほしい。


「ほう。ってぇことは、その子のことが好きなのか?」

「え、えぇ。異性としては……分りませんけど」

「カッカッカ! 坊主の歳じゃ、分らねぇのは無理もねぇよ!」


ウィンが苦々しい表情でアクセサリーを眺めていると、老人がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
そして放たれた質問は、半ば予想していたもの。ウィンは、頬を赤く染めながら老人に答える。

実際、フェイトの事は好いている。だが、それが果たして異性のものなのか。それが分らない。
しかし老人は気にしていないのか。バシバシとウィンの背中を叩きながら、ウィンに笑いながら告げた。


「ただ……」

「ただ、なんだ?」

「ずっと……ずっと、傍にいたいんです」

「……そうか」


老人が一通りウィンの背中を叩きつけると、ウィンが口を開いた。
その口調に、先ほどまでの焦っていた様子は見られない。なんだか、地に足が付いている。

そしてウィンがそっと口を開けば、老人もウィンの答えを静かに待っていた。
ウィンの宣言を聞き、老人はニヤリと気持ちのいい笑顔を浮かべる。先ほどまでの、うろたえているだけの顔じゃない。

老人はそっとその場から腰を上げると、ショップの奥に足を踏み入れた。
ウィンは慌てて老人を引き留めようとするが、老人はウィンの制止を聞き入れない。


「ほれ。こいつを持ってけ」

「? これは……」

「桜色の胡蝶蘭をあしらった ブローチだ。今のお前さんには、丁度いいだろう」


そして老人は少しすると、奥から何かを持って戻ってきた。
老人が持ってきたものは四角い箱で、中には桜色の胡蝶蘭を模したブローチが入っている。

一見してなかなか高価そうなブローチに、ウィンは一瞬気後れしてしまう。
こんな高価なものを、自分が買えるとは到底思えない。しかし、老人は快活そうに笑う。


「良いんだよ。ここにあるのは、全部安物だ」

「って、あなたがこれを売っているんですか?」

「おうよ! まぁ、もとは俺のこれがやってたんだがよ」


そう言って老人は、小指だけ突き立てて何が面白いのか。「カッカッカ」と笑っている。
ウィンはそんな老人に一度視線を向けると、先ほど渡された桜色のブローチに視線を向けた。

花弁の形が今まで見てきたものとは違っており、どこか可愛らしさを思わせる。
それに、色も気に入った。派手すぎず、地味すぎず。丁度いい色合いに、ウィンはコクリと頷く。


「あの、これはいくらで「五百円だ」……は? これが、五百円!?」

「おうよ!」

「ま、待ってくださいよ! 明らかにこれは高価な品でしょう!?」

「じゃあ聞くが。坊主はそんな大金、持ってんのか?」

「うぐっ! そ、それは……」


ウィンはこのブローチを買おうと、店主である老人に値段を訊ねた。
だが、返ってきた答えに、思わずポカンとした表情を浮かべてしまう。

しかし老人は気にしていないのか。笑みを浮かべながら、ブローチに値段のシールを張った。
そのシールに施されている値段は五百円。ウィンは慌てて店主に止めるように告げるが、店主は取り合わない。

そして痛いところを突かれ、ウィンは言葉を詰まらせる。実際、お金はほとんどない。
プレシアやアルフ。なのはに明日香のぶんの贈り物で、ウィンの小遣いは吹き飛んでいるのだ。


「良いんだよ。こいつだって、大事にしてくれる人に買ってもらった方が嬉しいに決まってらぁ」

「でも……」

「男はうだうだ言わねえもんだ! 坊主も男なら、キッパリ買っちまいな!」

「……わかりました」


ウィンがなおも何か言おうとしたのを察したのか。店主の老人が笑みを浮かべてそう告げる。
さすがにウィンも徐々に勢いが弱くなってきており、あと少しで店主の言葉通り、ブローチを購入するだろう。

そして最後に告げられた言葉で、ウィンは「はぁ」と嘆息した。確かに、うだうだ言っていては仕方がない。
ウィンは店主の言葉にコクリと頷くと、財布から五百円硬貨を取り出し、店主の老人の手に乗せた。

老人はウィンから五百円硬貨を受け取ると、「毎度!」と優しい笑みを浮かべる。
それにウィンは苦笑すると、店主の老人に頭を下げ、テテテとデパートの出口へと走り出した。


「まったく。あの坊主、真っすぐな眼をしてやがる。だが、ちぃとばかし普通じゃねぇな」


一方、ウィンが出て行った様子を、老人は椅子に腰かけながら眺めていた。
先ほど出会った少年はどこまでも真っすぐな瞳をしており、芯の強さを感じさせた。

だが、そんなことは些細なことだ。気になったのはあの少年がまとっていた雰囲気。
とても普通の少年とは思えず、老人は声をかけてしまった。だが、返ってきたのは人懐っこい笑み。

一体あの少年がどんな人物なのかは分からないが、多少なりともマトモな人生を送ってほしい。
だからせめて、色恋など普通の幸せを謳歌してほしかった。老人は背もたれに腰かけながら、ふぅと嘆息する。


「そういやぁ、あのブローチの花言葉。教えてなかったなぁ……」
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