番外編
□ホワイトデー特別編
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〜遠見市 某所のマンション〜
「ただいま戻りました」
「おかえり〜」
自宅の玄関の扉を開け、ウィンはリビングに向かって声をかけた。
ウィンの手元には、四角い箱が三つ握られている。すでに、なのはや明日香には渡してきた。
明日香は驚いたような表情をしており、まさか自分が貰えるとは思っていなかったのだろう。
ちなみに、明日香に贈ったのは月をモチーフにしたネックレス。「まぁまぁね」との評価を受けた。
なのはに贈ったのは翼を広げているようなネックレス。なかなか「これだ!」と言うものが見つからず、苦労した。
そして贈った感想だが、どうやら喜んでもらえたようだ。ニコニコと嬉しそうな表情で、「ありがとう!」と告げられた。
やはり、誰かに喜んでもらえるのは嬉しい。なんだか、心がポカポカしてくる。
ウィンは靴を脱ぎ終えると、パタパタとリビングに足を向けた。声からして、アルフがいるのだろう。
「あ、兄さん!」
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
そしてリビングに足を踏み入れたウィンを出迎えたのは、フェイトとプレシア。それにアルフだった。
どうやら全員居たようで、ウィンは一瞬ポカンとした表情を浮かべてしまう。だが、すぐに笑みを浮かべた。
すると、きゃんきゃんとまるで犬のようにフェイトがウィンに駆け寄ってくる。
すでにその視線はウィンが持っている箱に釘付けだ。ウィンはクスクスと笑みを浮かべる。
なんだか、可愛い娘を持つお父さんの気持ちが分ったかもしれない。親と言うものは、こんなものなのだろうか。
ウィンはフェイトを抱きとめると、買ってきた四角い箱をフェイトに渡す。フェイトは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう、兄さん! ねぇ、開けていい?」
「えぇ、良いですよ」
フェイトは受け取った箱の中身が気になるのか。そわそわと箱に視線を向けている。
そんなフェイトに、ウィンはクスクスと笑みを浮かべながら、開けても良いと告げた。
兄からの許可をもらったフェイトは、嬉々として箱を開けるためにウィンから離れる。
そしてフェイトから解放されたウィンは、今度はこちらをニヤニヤと眺めているプレシアに向かう。
「はい、母さん。バレンタインデーのお返しです」
「ふふ。ありがとう」
「アルフも受け取ってください」
「ありがとうよ」
そしてウィンは、プレシアとアルフ用のアクセサリーを二人に渡した。
プレシアにはシルバーで出来たネックレス。程よい装飾が目を引く一品だ。
しかしプレシアはそのネックレスを気に入ってくれたのか。箱から取り出すと首にかけた。
あまり派手すぎず、地味すぎない。黒い服装を好んで着るプレシアに、そのネックレスは良く映える。
そしてアルフにはデパートで売っていた、またたびやドッグフードなど。
チョコレートを貰った翌日、お返しはそれで良いとアルフから告げられていたのだ。
「うっひゃ〜! またたび! またたびだよぉ〜!」
「……アルフがにゃんにゃんしているわ」
「これは……貴重ですね」
アルフは箱からまたたびやドッグフードを取り出すと、恥も外聞もなくまたたびを口に含んだ。
するとどうだろうか。すぐさまアルフの瞳がとろんとしたものになり、フローリングの床に転がってしまう。
まるで匂いを床にこすりつけるかのような仕草に、ウィンとプレシアは静かに呟いた。
普段が普段なので、こんなアルフの仕草はなかなか新鮮だ。なんだか、触りたくなってしまう。
「ごろごろごろごろ〜♪」
「あぁ、アルフが凄いご機嫌そうです!」
「にゃんにゃんにゃんにゃん♪」
「そう言えば、アルフって一応犬なのよね?」
しばしアルフが床で転がっているのを、プレシアと二人で見つめる。
と、そんなとき、ウィンの背後に「バフッ!」と誰かが飛び込んできた。
誰だろうと思うが、この家には四人しかいない。なら、相手は決まっている。
ウィンがクスクスと笑みを浮かべながら背後を振り返れば、そこには案の定。フェイトがいた。
フェイトは床で転がっているアルフのように「ごろごろ」と喉を鳴らしながら、ウィンの背中に顔を預けている。
ウィンとプレシアは、そんなフェイトの様子を笑みを浮かべながら見守る。やはり、とても愛くるしい。
「どう? 兄さん」
「えぇ、似合いますよ」
そしてしばし兄の背中を堪能すると、フェイトは名残惜しそうに頭を背中から離した。
だが、すぐさま笑みを浮かべると、自分の胸元で淡い光を放っているブローチを見せてくる。
やはり、フェイトの黒いワンピースと桜色のブローチはよく似合う。思わず、顔が綻んだ。
隣で「あらあら、ラブラブね」とプレシアが言っていたようだが、ウィンはスルーする。一体どこがラブラブなんだろうか。
「これは……ピンク色の胡蝶蘭かしら?」
「えぇ。親切な人にアドバイスをもらいました」
「そう……」
プレシアがフェイトの胸元のブローチに顔を近づけながら、そう呟いた。
やはりプレシアも女性だからか。一目で何を模したブローチなのか見破る。
ウィンとしても特に隠すことではないので、正直にプレシアにそう告げた。
チラリと視線をフェイトに向ければ、とてもご機嫌そうな表情でブローチを眺めている。
「でも、良かったわね、フェイト。あなたとウィンは相思相愛よ」
「! 本当!?」
「ぶふぅ! ちょ、母さん!?」
「えぇ、本当よ」
そしてしばしブローチを眺めていたフェイトは、ぴょん!と母親の膝に飛び乗った。
まるで兄に買ってもらったブローチが自分に似合うか訊ねているようだ。プレシアとウィンは、苦笑する。
と、しばしフェイトの様子に苦笑していると、プレシアが思い出したかのようにそんな事を言った。
それにフェイトは嬉しそうな表情を浮かべ、ウィンは口に含んでいたお茶を吹き出してしまう。
「ふふ。ウィンはこの花の花言葉を知らないのよね」
「花言葉って?」
「花にはいろんな言葉があるの。たとえばたんぽぽとアイリス。
たんぽぽの花言葉は『真心の愛』アイリスには『あなたを大切にします』とか、色々あるわ」
「じゃあ、これは?」
「ふふ。ピンク色の胡蝶蘭の花言葉はね?」
えほえほとウィンは咳き込んでいるが、プレシアはそんなウィンに目もくれない。
母親としてどうなんだと思うが、これも一つの家族の形だろうと、ウィンは納得していた。
そしてようやく息を整えると、ウィンはプレシアの言葉に耳を傾ける。
そう言えば、花言葉と言うものを忘れていた。以前に何度か聞いたことがある。
だが、所詮聞いたのは名前程度で、花の名前と花言葉をウィンは理解していなかった。
チラリと視線をプレシアとフェイトに向ければ、フェイトは驚いた表情を浮かべている。
フェイトもフェイトで、花言葉と言うものを初めて知ったのだろう。驚きながらも、興味を持ったようだ。
そしてプレシアがたんぽぽやアイリスなど、身近な花の花言葉をフェイトに教える。それにウィンは内心で感心した。
身近に生えている花に、まさかそんな意味があるとは思わなかった。
と言う事は、胡蝶蘭にも花言葉はあるのだろう。そこまで考えて、ウィンは内心で嫌な予感がした。
なんだか良くないことが起きる。そんな直感が、ウィンの脳裏を過ったのだ。
だが、時すでに遅し。プレシアは、ニッコリとほほ笑みながら、桜色の胡蝶蘭の花言葉を告げる。
「『あなたを愛します』って意味なの」
「っ! そ、そうなんだ!」
「えぇ。だから、フェイトとウィンは相思相愛なの。よかったわね」
「うん!」
プレシアが告げた言葉の意味に、ウィンはピシリと固まった。
そして内心で何度も同じことを呟く。騙された、騙された、と。
ピシリと固まっているウィンの脳裏に、店主の快活そうな笑みが浮かびあがった。
あの老人からしてみれば気を利かせたつもりなのだろうが、いかんせん相手が悪すぎた。
チラリと視線をフェイトに向ければ、心底うれしそうな笑みを浮かべている。
まるで大切な宝物だとでも言うように、服に着けたブローチをギュッと握りしめている。
フェイトは一言二言プレシアと会話を行うと、ぽてぽてとウィンに駆け寄った。
そしてウィンの近くまで駆け寄ると、満面の笑みでウィンに向かってこう告げた。
「私も、私も大好きだよ! 兄さん!」