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□小指を結んで
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部屋に訪れている鮎沢に、いつものようにお茶でも出そうと立ち上がろうとした時だった。

向かう方向と逆に傾く身体を不思議に思い後ろを見てみると、俺のシャツをぎゅっと握って寂しそうな表情をしている鮎沢が映った。


「鮎沢、どうかした?」

「何がだ?」

「何がって…俺のシャツ掴んでるよ」

「えっ!…あっ、ワァ!」


驚きの声を上げて手を放した鮎沢は自分の手を不思議そうに見つめている。
えっ、何その反応?
自分でやっといて何をそんなに驚いて……


「もしかして、無意識に掴んでたの?」


行き着いた答えを確認してみると、図星とばかりにみるみる色付いていく頬
…なるほどね〜


「ふ〜ん。美咲ちゃんってば無意識に俺のこと求めちゃったんだ。可愛い〜」

「なっ!ち、違う。そんなんじゃない」

「違うんだったら、今のは何?俺に教えてくれない?」

「今のは、その…えっと」

「ほら答えられない。素直に認めなよ。俺にここに居てほしかったんでしょ?」


ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、鮎沢は悔しそうに顔を歪め本当に小さな声で「そうだよ」と呟いた。
いい子だね。
ちゃんと認められたからご主人様からご褒美をあげる


「鮎沢、こっちにおいで」


両手を広げて視線で早くおいでよと訴えてみる。そのメッセージに気付いた彼女は恥ずかしそうに顔を伏せなかなかこっちに来ようとしない
本当は今すぐにでも俺の腕の中におさまりたいくせに…全く、意地っ張りなんだから


「鮎沢、抱き締めて欲しいんでしょ?いい子だからこっちにおいで」


もう一押ししてみるとちらっとこちらに目配せし、遠慮がちに距離を縮めてきた。やっと胸の中に入ってきた温もりを強く抱き締めると、それに答えるように俺の背中に回された手に力がこもる



柔らかい髪を優しく撫でながら甘い時間を過ごし、しばらくした頃。
鮎沢は一度大きく深呼吸をし、ポツリポツリと呟き始めた。


「あのな、碓氷。お前はいつも私を家まで送ってくれるだろ?…その時気付いたんだ。お前が帰る時、私に背中を向けるのがすごく寂しいって。だからさっきお前が立ち上がろうとしたのがその時と重なって…どうしようもなく寂しくなって気付いたら手が勝手に動いてたんだ」

子供みたいですまんと謝る彼女に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
そんな風に考えてたなんて全然知らなかった。


「謝ることないよ。むしろ謝らないといけないのは俺の方。寂しい思いさせてごめんね」

「何でお前が謝るんだよ。碓氷は何も悪くないだろ。…私がワガママ過ぎたんだ」


鮎沢がワガママだったら一体俺は何なんだろ…欲望の塊かな?
あ〜あ、俺の半分でもいいからワガママを言うってことを覚えればいいのに


「ねぇ、鮎沢。今日は鮎沢が寂しくないようにずっとこうしてるから。それとこれからも寂しいとかつらいことがあったら必ず俺に言うこと。決まりね?」

「でも」

「でもじゃない。もう絶対に寂しい思いはさせたくないから…約束ね」


小指通しを絡ませて交わした約束に、鮎沢は戸惑いながらも嬉しそうに可愛い笑顔を咲かしてくれた。






end
2010.2.14

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