私は誰だ?
□欠ける
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奮発して買った腕時計を見遣る。
もう少しだ。もう少しで全て決まる。
男は煙に巻かれて星の光の届かない都会の夜空を見上げた。
いつもより近いはずなのに、やはりどこまでも遠いような空。
男は自嘲気味に笑った。
耳の奥に乾いた風の音。
時間には、満ちる時間と欠ける時間がある、と聞いた事がある。
楽しく、何かをする。また成すべく、何かを為す時。刻まれた時は蓄積し、やがて満ちる。
焦燥。追われ、逃げる。もがきつつも蝕まれた時は、やがて大きく欠け、0になる。
つまりは満ちる時にすべく行動せよ、といった事であったろうか。
自分にはひどく不似合いな気がして、男は妙な感傷に浸った。
そんな自分が惨めで、ちっぽけで、やはり男は自嘲気味に、しかし納得していた。
何せ、もう終わるのだ。
夜の闇に包まれた景色が急激に自分の視界から墜ちていく。
あるいは、男は空高く、弓で放たれたように。
矢文が追いついた。
悪くない、と男は思った。