エマールの泉

□忘れ草
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「変わらないもの」


いつもと変わらない景色。

駅のホームから見える看板は変わらず、僕は今日も学校に来ている訳で。


――みんな、そうかもしれない。


学校でも会社でも、物心ついた頃から僕らには行かなきゃいけないとされている場所があった。

気が付けば毎朝同じ目覚ましで起き、朝食を食べたり、着替えたり、歯を磨いたりする。
女性なら化粧もするだろうか。


そうやって押し出されるように決まった時間に家を出て、同じ電車に乗って、僕らはそれぞれの目的地を行き来するのだろう。

何気ない毎日。なんて、いちいち思うことなど無く、週末を待ち侘びている。



でも、もしもそれが無くなったら?


僕は、怖い。

怖くてたまらない。


いつ何時失われてしまうかもしれない、僕の時間。

代わり映えのしない、いつも何となく過ごしているそれは、今にも崩れてしまいそうな程に儚く、脆い。


別に、いつもこんなことを考えている訳でも無く、そんな高尚なことを深く掘り下げられる脳みそも持っていない。


でも、僕らは分かっている筈だ。

見えない多くに支えられて、やっと真っ直ぐ立てていることを。


立ち方を教えてくれたのは、お母さんとお父さん。

疲れた時には友達がいて、曲がりかけた時には先生が直してくれた。

少なくともそうして、僕は立てています。

そうだと思っているし、そう思っていたい。


多くが支えてくれているけれど、どれもかけがえが無くて、交換も効かない。

いつも当たり前のように側にある全てが繋がっていて、僕を形作っているのだ。


だからこそ、愛おしい。


失って初めて気が付くものもあると、人は言う。

僕は、否定したい。決して、そんなものが、あってはならないと。

そんなことになる前に、悔いを残さぬよう今を過ごして行きたいではないか。


今日も僕は電車に乗る。

学校に行くため、かけがえの無いものを手に入れるため。

せめて、素直にありがとうぐらい言える奴になりたいと、そう願いつつ。


絵馬

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