大戦書庫
□『好き』が理由
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彼――自分がその人を『彼』と呼ぶ事は、立場上あまり好ましくはないだろう。
そうその『彼』と言うのは、自分の君主にあたる。
もっと言えば、自分の幼馴染みにして義兄弟の契りを交わした相手の実父だ。
「周瑜っ」
書物に目を落として、まったく別の事を考えていた周瑜の思考をはたりと止まった。
「孫策……」
周瑜を呼んだのは、幼馴染みにして義兄弟の孫策。
彼を見れば、どことなく不服そうな表情をしていた。
「何を不服そうにしている?」
本当にわからない――。
周瑜は言葉にはしないものの、顔がそう言っていた。
それに対して孫策は、彼にしては珍しく溜め息を漏らした。
「親父が呼んでたぞ」
「殿が――」
至って普通の反応をしたと思う。
だが、内面はいつものような冷静さはない。
そんな周瑜の気持ちを知ってか知らずか、孫策はそれだけを告げると室から出て言った。
「そうだ」
何かを不意に思い出したように、孫策は足を止めた。
「執務をするか考え事をするか、どっちかにした方がいいぜ」
軽く声を上げてと笑うと、孫策は手を一振りし、完全に室から出て言った。
パタリと静かに音を立てて扉は呆気なく閉まる。
「まったく……最低限の執務さえもしない君には言われたくないな」
吐息混じりに言ったいつもの一言。
もちろんそれを聞く者はとっくにいない。
それでも周瑜の頬は笑みに緩む。
「さて…私も行くとしようか――」
パタリと音を立てて、読みかけの書物を閉じる。
そして静かに、周瑜も部屋を出て行った。
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