V
□贅沢死
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一度逃した死の覚悟を、すぐさま取り戻せる筈もなく。
とにかく突然の訪問者の世話をすることにした。煤塗れの彼をシャワーへ向かわせ、一方の私は床に散った灰を掃除した。
「死ぬ前に身の回りを片付けろってね……」
溜め息と同時に漏れた独り言。
満更残念ではない事に、気付かぬ言い訳だった。
「あ、あの………あああありがとうございまし、た」
声がしたので顔を上げると、白い肌に目を奪われた。あれほど灰色と化していたのが、まるで嘘のようだ。
湯で温まったのとは、また違う熱を頬に浮かべて、彼はもじもじとしている。
「て、手伝います」
「ああ、いいのよ。折角シャワー浴びたんだから。その辺に座ってて頂戴」
至極申し訳なさそうに、彼は何度もすみません、と言いながら食卓の椅子に腰掛けた。冷たい板張りに、直に触れている素足は確かにまだ若い男の足だった。
「名前は?」
「えっ、あ、はい、あの」
「へえー、変わった名前ね」
「ち、ちちち違います!」
「冗談よ、吃ってばかりでさっさと言わないから」
それを間に受けたものだから、彼はしゅんと萎んで肩を落としてしまった。