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□浴槽の人魚
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冬の雨は怖い。
冷たくて、痛くて、悲しい。
そんな気持ちにさせる。
「靴の底まで濡れちゃったね」
食事の帰り、突然雨に降られた。
せっかく外出用に大事にしてたコートも、すっかり雨を吸って重たくなってしまった。
「先にシャワーを浴びて来い」
一方のハンスのサヴィル・ロウ仕立ての上等なスーツも、すぐ乾きそうにないくらい濡れてしまっていた。だが、本人はそんなに気にしていないようだ。
マンションのドアを開けて、すぐ上着を脱ぎ、ハンガーに掛けてタオルで髪を拭いていた。シャツが肌に張り付いて透けている。
「一緒に入ろうよ」
「断る」
言うと思った、と私は愚痴を零して浴室へ向った。
浴槽にお湯を張り、身体を洗ってから浸かった。
小さな窓の外からは、雨が降り続ける音がよく聞こえ、浴室に不気味に響いた。
静まり返った中とは裏腹に、雑音はどんどん大きくなっていく。
私はお湯の中で膝を抱えて蹲った。
雨は酷くなる一方で、浴室と外界を切り離して、私を孤立させようとしている。