another

□浴槽の人魚
1ページ/5ページ

 
 冬の雨は怖い。


 冷たくて、痛くて、悲しい。


 そんな気持ちにさせる。












「靴の底まで濡れちゃったね」

 食事の帰り、突然雨に降られた。

 せっかく外出用に大事にしてたコートも、すっかり雨を吸って重たくなってしまった。

「先にシャワーを浴びて来い」

 一方のハンスのサヴィル・ロウ仕立ての上等なスーツも、すぐ乾きそうにないくらい濡れてしまっていた。だが、本人はそんなに気にしていないようだ。
 マンションのドアを開けて、すぐ上着を脱ぎ、ハンガーに掛けてタオルで髪を拭いていた。シャツが肌に張り付いて透けている。

「一緒に入ろうよ」

「断る」

 言うと思った、と私は愚痴を零して浴室へ向った。


 浴槽にお湯を張り、身体を洗ってから浸かった。


 小さな窓の外からは、雨が降り続ける音がよく聞こえ、浴室に不気味に響いた。

 静まり返った中とは裏腹に、雑音はどんどん大きくなっていく。




 私はお湯の中で膝を抱えて蹲った。


 雨は酷くなる一方で、浴室と外界を切り離して、私を孤立させようとしている。

 
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ