椿と灰 第一章

□1 初夏
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「ほんっと!ありがと!」
 そういって両手を合わせて頭を下げているのは俺の友達、村内だ。
「いや、別に暇だし」
 俺は笑いながら軽く嘘をついた。それでも村内は
「本気でありがたい。明日彼氏にふられるかもと思った〜。マジサンキュー」
 感謝の言葉を言い続ける。俺は自分の腕時計を見る。もう7時か…と思って
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
 といって、その場から立ち去る。村内は「バイバーイ」と手を振っていた。俺はその手を少しだけ見て道路に出た。すると、タバコのにおいが鼻をかすめた。
「あれって灰田の女?」
 目の前にはタバコを吸っている男がいた。その男を俺は知っている。
「椿……」
 俺はそいつの名字を言った。
「あ、覚えてたんだ」
「そりゃあ高校の時にクラスメイトくらい覚えてる。まだ1,2年しかたってないに」
「俺はほとんど忘れたよ」
 椿はそういうとタバコをコンクリートに落とし足で消した。
「灰田には合わないと思うよ」
「なにがだ?」
「さっきの女」
 そこのことか、と俺は心の中で理解して
「ただの友達だ」
 はっきりと否定した。椿は「ふうん」といって「だろうね」と後につけた。
「お前は今なにやってるんだ?」
 俺は椿に今の状況に興味を持った。あれだけ変人といわれていた奴が今どうしているかなんてみんなが知りたいはずだ。
「大学生」
 椿がぽつりと言った。俺も大学生だ。
「どこの?」
「北大」
 これも俺と同じだ。
「へぇ、一緒か。全然気がつかなかった」
「うん。だって俺、浪人したから今一年生」
 俺は2年生だ。
「浪人してまで北大に入りたかったのか?」
「別に……ただ何となく」
 椿はそこで口を閉ざしてしまった。俺は深入りしたくなかったので、それ以上は何も言わなかった。
「じゃあ、お互いがんばろうぜ。じゃあな」
 俺は右手を一回だけひらりと椿の前にやった。椿は何も言わなかったが、またタバコのにおいがしたので、椿はもう一本タバコを吸い始めたんだなあと思った。

 翌日、午前の授業がすべて終わったので、大学の学食に昼飯を食いに行くことにした。
 俺はカツ丼を頼んで、適当な席に座る。すると、ねらったかのように椿が俺の前の席に座った。
「そんなの食べたら太るよ」
 本当に同じ大学なんだなと思いながら椿の言葉を無視した。俺は椿のお盆を見る。何だか変だ。
「いつの間に白以外も食えるようになったんだ?」
「高校卒業してすぐ」 
 椿は答えながらカレーライスを口に含んだ。
 椿が変人といわれていた要因の一つに『白いものしか食べない』というのがあった。俺の知る限りでも、白以外を食べては居なかった。お弁当はいつだった白ご飯のみか+マヨネーズくらいだ。しかも、それは飲み物も入るのだった。だから、彼の水筒には牛乳や豆乳など訳の分からないものばかり入っていた。
「白いの以外も美味しいって分かったからね」
 椿はカレーライスを頬張りながら言った。俺はお盆の箸の方に目を向ける。
「なんだ、飲み物は変わってないじゃないか」
 お盆の上には『カルピス』と書かれた、500ミリリットルの缶があった。
「うん。だって美味しくないんだもん」
 カレーライスとカルピスが合うわけがないと思いつつ、俺はカツを一切れ口に入れる。椿はさっさと食べ終え、俺の食事の風景をニヤニヤしながら見ていた。
「なんだよ」
「人間観察」
 悪趣味な野郎だ。
「人間の食べているところを見てると色々わかる。クセとか」
「そうか?」
 俺はあまり信用していない。「本当だよ」と椿が言っても信じない。
「じゃあ………、灰田って右上の奥歯痛いでしょ?」
 図星だった。ここ2,3日何かものを食べると右上の奥歯が痛い。
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