椿と灰 第一章

□2 続・夏
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相変わらず夏は暑い。毎年飽きもせず蝉はうるさいし、太陽はまぶしい。俺は大学の廊下を歩きながら思っていた。
「あ、美脚」
 俺の後を着いて歩いていた椿がスカートの短い女子の生足を指していった。俺は椿の手をはたいて「やめろ」と言った。
 椿はこの間の出来事からずっと俺にくっついている。休み時間になると必ずと言っていいほど俺のところに来て何かしてくる。俺は気になったが気にしないことにした。
「やっぱり色白が良いね」
「お前は白以外で好きなモノはないのか」
「ミミズとかは可愛いと思うよ」
 お前の可愛いの基準が分からん。
「灰田はアレだよね。年上の女の人が好きだよね」
「うるさい」
 俺は会話を止めて自分の教室に入った。椿は他の教室に行く。教室はクーラーが効いていて涼しかった。もうすぐ、夏休みだなと思いながらあと残り少ない授業を受ける俺だった。

 俺がいつも通り帰ろうとすると、いつも通り椿がタバコを吸って待っていた。
「英語ってさー、絶対眠くなる薬で出来てると思うんだよね」
 椿が今日思ったことを喋る。俺も英語は嫌いなので珍しく椿に同意した。
「あ、今日俺本屋に寄るけどいい?」
 椿が思い出したかのように言った。そういえば、椿は昔から本が好きだったな。
 椿は高校の時、クラスの誰かと喋るなんてほとんど無かった。休み時間はずっと何かの本を読んでいた。みんなが知っているモノもあれば全く無名の本まで。しかし椿が読んだ本は1ヶ月〜6ヶ月後には必ずドラマや映画になって大ヒットの本になっていた。だからクラスでは椿の読んだ本は必ず当たると言われていた。
「欲しい本でもあるのか?」
「別に。面白い本がないかと思って」
 俺は次なる大ヒット本が気になって椿と一緒に本屋に行くことにした。
 駅の近くにある大きな本屋に椿は入っていった。人はそれなりにいたが、たくさんと言うほどではなかった。椿は迷わず一般書籍のコーナーに歩いた。すると、大きなテーブルの上にびっしりと一つの本があって、その横に『売れてる本!!』と書かれていた。題名は『悲鳴』で表紙にはペット用の首輪とリードが無造作に置かれていて、何かの花が所々にちりばめられていた。俺はその本を知っている。大学の仲間内の二人が最近ずっとすすめてくるからだ俺は本自体を読まないので適当に流していた。俺は何となくその本を手にとって、
「これ売れてるらしいよ」
 と椿に言ってみる。椿は人目だけ見て
「うん、面白いと思うよ」
 とだけ言って新たな大ヒット本を探しに奥に消えた。俺は本を元の場所において椿の後を追った。
 椿は適当に本棚から本をとり、あらすじを読んだあとページをパラパラめくる。そして、本棚に戻すという作業をしていた。しばらくして、椿は一冊の本を棚には戻さず横に抱えた。この本が次の大ヒット本らしい。椿はその本を持ってレジに向いた。
「灰田は何か買わないの?」
 ふいに椿に言われた。
「本読んだ方が良いよ。世界が広がる」
「お前はもっと人と接しろ。その方が広がるぞ」
「さっきテーブルの上にあったのなんかいいんじゃない?」
「俺の話聞いてるか?」
 椿は俺の話を聞くことなく『悲鳴』を持ってきた。俺は受け取り椿と同じ方向を見る。そこには漫画コーナーに一人の少年がいた。その少年は学ランを着ていたので俺は中学生だと思った。その学生に俺は違和感を感じた。
「あの学生がどうした?」
 椿がじーっと見ているので訪ねてみた。すると椿はにやりと笑って
「見てて」
 と言った、俺は椿の言うとおりその学生を見る。学生は漫画を一冊取ると周りを三回見渡す。そして、鞄の中に入れた。万引き犯だ。学生は鞄に入れるとさっさと本屋から出てしまった。椿は何も言わず学生を追う。俺はその椿を追った。
 しばらく追いかけ椿は学生の腕をつかんで
「少年」
 と言った。
「何か悪いことしたでしょ?」
 学生の顔はみるみる青くなってしまった。
「大丈夫。別に警察とかに連絡する訳じゃない。ただちょっとお話しして欲しいだけ。何で万引きなんてした?」
 俺はやっかいごとなんかに巻き込まれたくなかったが、何となく気になってしまった。学生は歯を食いしばりながら言った。
「仕方なかったんです。やらないと…もっとひどい目に………」
 いじめか、と思った。学生は今にも泣きそうだったので俺は学生の背中に手をやり、
「ここじゃなんだし…ファミレスででも話すか?」
 と優しく言ってやった。学生は小さくうなずいた。
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