椿と灰 第一章

□6 冬−V
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高校の時、俺と椿が接点を持ったのは前にも後にもあれきりだった。
 12月中旬の冬。今学期最後の体育で第二倉庫にボールを片づけに言った椿をふざけた男子が閉じこめた。俺はその現場を見てしまった。俺の学校には倉庫が2つあって、たいていの場合は第一倉庫が使われる。第二倉庫を使うことは滅多にない。俺は思った。次の日にもなれば椿は投資しているだろう。でも……彼が死んでも悲しむ人なんかいるのだろうか? 俺は放っておいた。
 その日、家に帰ってすぐ宿題のプリントを学校に忘れたことに気づいた。俺は寒い中急いで学校に戻ってきた。運動場を見ると第二倉庫が視界に入った。俺は気になって気になってしまう。プリントを鞄に入れると職員室に行き、第二倉庫の鍵を貸してもらった。少し駆け足で倉庫に向かう。さびれた扉がだんだんと近づく。『ガチャッ』と音を鳴らして扉を開ける。薄暗くてよく見えなかったが椿の姿はすぐに分かった。体操服のジャージのまま地べたに座っていた。椿の顔はいつもと変わらず、何を考えているか分からなかった。俺はそんな彼がとても怖かった。
「鍵、職員室に返しておけよ」
 俺は鍵を適当な場所においていった。椿はこのときも何も言わなかった。


 新幹線に6時間揺られて、やっと奈良に着いた。祖母の家は近鉄奈良駅から徒歩20分くらいのところにあり、かなり静かな場所だ。叔父の家はそこから10分歩いたところにあった。
「今回はとても残念ですね」
「そんなしんみりすることねぇよ。寿命じゃ仕方ねぇ」
 叔父にあいさつすると叔父は明るく笑いながら言った。
「荷物は二階の和室においてこい。手前の和室な、自由に使って良いから」
「ありがとうございます」
 俺は重い荷物を持ち、階段を上がった。手前の部屋は6畳あまりの狭い部屋だったが俺はそれで満足した。『ドスッ』と荷物を下ろし、ハァと溜息をつく。旧式のストーブがあったので遠慮無くつけた。
 夕食の時間になったので、俺は居間におりた、そこには叔父さんがTVを見ていて、俺の母親と叔父さんの奥さんが料理の準備をしていた。
「あんたも手伝いなさい」
 母親が俺の姿を確認すると言った。俺は台所に向かう。
「ええんやで。ひーくんはゆっくりしてや」
「いえ、お世話になりますし」
 俺そういうと料理がのっている小皿などを居間に運んだりした。
「灰田さんの家の息子さんはえらいんやね」
「いえいえ、馬鹿な子で困ってます」
 台所では母親が顔を赤くしながら否定していた。

 夕食はとても美味しくいただき、少しだけTVを見てから二階へ上がった。部屋の明かりをつけ、寝転がる。明日の葬式のことを考えて、ばあちゃんのことを少し思い出してみた。俺は特にばあちゃんっ子ではなかったが、ばあちゃんはよく俺を可愛いがってくれた。何しろ一人っ子だったし。
 中学当たりから恥ずかしかったが、その後もらえる小遣いのためなら我慢することはたやすかった。最後にばあちゃんの顔を見たのは今年の夏休みだった。ばあちゃんはいつもの笑顔で俺の頭をなでた。そして、その後しわしわの手で小遣いをくれた。しかし、その金額は前にもらったときとは比べものにならない額だった。俺はさすがにとまどったが、ばあちゃんは何も言わず笑顔で俺の頭をかみしめるようになでるだけだった。ばあちゃんはもう自分が長くないことを認識していたのかもしれない。俺が帰るとき、ばあちゃんはこういった。
「ひーくん、私のことはもうええから、はよ友達ん所行きや」
 俺は未だにこの言葉の意味が分からない。

 ばあちゃんの葬式にはたくさんの人がいた、俺は喪服を着て正座していた、目の前には気の棺桶と、その奥にはたくさんの花で囲まれた、ばあちゃんの写真。写真は笑っていた。
 その後、坊さんのお経があり、色々した。俺は半分寝ていたと思う。すべて終わったときにはたくさんの人の小さな鳴き声が聞き取れた。となりにいる母も泣いていた。俺は棺桶の中を見る。俺は驚いた。ばあちゃんの顔はとても穏やかで、死んでいるようには見えなかった。そこで、俺は初めて涙が溢れた。
 その後は特に何もなく、ただ親戚の人に挨拶したりとか片付るのを手伝ったりした。帰り道をとぼとぼ歩いていると携帯の着信音が鳴る。俺は慌てて形態を取りだした。『公衆電話』と表示されており、でると椿の声がした。
『葬式終わった?』
「ああ、お前はどうだ?」
『何が?』
 俺はあきれた。お前に聞くことなんて一つだろ。
「楠木さんのことだよ」
 椿は思い出したかのように「それか」と言った。
『とっくに終わった。二時間前くらい前かなあ』
「何かあったか?」
『何も』
 良かったと安心した。正直椿一人に任せるのはすごく不安だっただけに、よけいホっとした。
『灰田』
「何だ?」
『おばあちゃんの顔どうだった?』
「びっくりするくらい、穏やかで綺麗だったよ」
『俺もそんな風に死にたいな』
「自分の死に顔なんてわかんないだろ」
『まあね。じゃあ、明日』
「ああ」
 俺はそういって電話を先に切った。
 叔父の家に着く間に今風の住宅街があった。俺はその住宅街の前の道から帰っていると一人の女子高生が制服のブレザーを着て俺の方に向かって歩いている。俺はその子を少し見て目元が誰かに似ていることに気づく。俺はその子をちらちら見ながら思い出していた。そして、そのことすれ違おうとするところまで近づいた。すると、その子はひょいと横を向いて一軒の家の門を開ける。俺は表札に目を向ける『佐中』と書いてあった。俺は確信を持たないうちに大きな声を出していた。
「佐中秋子さんですか?」
 その子は大きな目で瞬きを数回した。俺の方をじっと見る。
「どなたですか?」
 どうやら彼女は佐中秋子で間違いないようだ。彼女は長い髪の毛を二つのシュシュで結んでいて、とても可愛かった。俺は佐中さんの問いに正直に答えた。
「椿の高校の同級生だった灰田です」
「何のようですか?」
「椿のことについて話して欲しいんです」
「私、用事がありますから」
 佐中さんは鍵を取り出して俺に背を向けた。だが、俺は引き下がらなかった。
「椿と手紙のやりとりしてますよね?」
 佐中さんの動きがぴたりと止まった。そして、俺に近づいてきた。
「灰田って…どこかで……あっ!」
 佐中さんは何かを思い出して笑った。
「ここは寒いですから、どこかファミレス行きません? もちろん灰田さんのお金で」
 突然の態度の変わりように俺は驚いていた。

 場所は一番近かったサイゼリアになった。佐中さんはココアを頼み、俺はホットコーヒーを頼んだ。俺は彼女に問う。
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