椿と灰 第一章

□7 真冬
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薬のつんとした臭いが充満していた。コスプレをしたナースには萌えるのに本物のナースには萌えないのはなぜだろうか、と思っている日々。俺は花束とケーキを持って病院内を歩いていた。一人のナースと目が合い俺は会釈をする。前に何度か見たんだった。
「毎日大変ですね。椿君なら部屋で大人しく本読んでますよ」
 笑顔で言われた。椿が入院して10日ほどたつが俺は毎日病院に通っていた。そのせいか顔を覚えられたらしい。
「どうも……」
 俺はもう一回会釈した。
 椿の怪我はひどいものだったらしく、最初の三日間はずっと眠ったままだった。もしかしたらこのまま死んでしまうのかと思ったくらいだ。着替えなどは看護婦の先生に持ってこいと言われて、仕方なく俺の服を貸してやった。その他の生活用品はすべて俺が用意したのだ。椿は四日目には起きあがっていて、いつものように本を読んでいた。本はもちろん俺が用意した。しかし、しゃべるとお腹が痛いらしく最初は全然しゃべろうとしなかった。今ではもういつもの調子に戻ってしまったが。
 俺は廊下を進み604号室の前で足を止める。プレートには6人の名前が書かれており、その中に椿の名前があった。俺は中に入り本を読んでいるそいつに話しかける。
「調子はどうだ?」
「お腹いたい」
 どうやら腹の方はまだ痛いらしい。椿は本を閉じて俺の方を見る。
「その花とケーキ何?」
「花は優奈さん、ケーキは朝野からだ」
「ケーキ何色?」
 俺は何色か分からなかったので、箱を開ける。
「ショートケーキだ」
「だから何色?」
「白だ。苺以外はな」
「じゃあ、苺以外食べる」
 椿はそういって棚方割り箸を2本取り出し、1本を俺に渡してきた。俺は花束をベッドの端に置き、椅子に座って苺を一つ口に入れた。甘酸っぱい汁が口を潤す。
「優奈さんのお父さんが捕まったぞ」
「ふうん。まあ、そうだろうね」
 椿の怪我から事件性ありと判断した医者は通報した。そのため、椿が起きて4日目には大沢という刑事が来て色々聞いていった。椿はそのとき楠木修吾が犯人みたいなことを言っていた。実際捕まった。佐中さんの言ったことが正しければここまでは椿のシナリオどおりである。
「なぁ、椿。お前は楠木修吾に刺されるって分かってたんじゃないのか?」
 椿は何も言わずにケーキを食べている。俺はかまわず言った。
「優奈さんの彼氏役を引き受けたのは楠木修吾に近づいて自分を殺させる、そして警察に捕まえさせる。それが目的だったんじゃないのか?」
「だったら?」
 その一言を聞いて俺は決心した。自分の右手を振り上げて椿の頬に殴りかかった。しかし、俺の拳は椿の頬には当たらず、椿の手のひらの中に収まっていた。こういう時くらい素直に殴らせろよ。
「いきなり何?」
「秋子ちゃんからの贈り物だ」
 俺はわざと下の名前に「ちゃん」付けして言った。すると、椿は珍しく動揺した。
「いつ? なんで?」
「お前のこと心配してたぞ」
 椿は目を伏せた。俺は佐中さんとの出来事を椿に言った。椿は相変わらずケーキを食いいながら聞いていた。
 全てを話し終えると俺は椿に訪ねた。
「何でそんなことしようとした?」
「秋が話したとおりだよ。全部そのまま、あの人にバツを与えたかっただけ」
「お前が死んでも?」
「うん。別に死んでも死ななくても……………どうでも良かった」
 椿のその一言で俺の中の糸が一本切れた。
「椿、やっぱり一発殴らせろ」
 言ったときにはもう腕が動いていた。
 だが、また椿に阻止されて俺の拳は椿の顔には届かなかった。
「なんなの今日は。反抗期?」
「お前なあ………」
 俺は自分の箸を食べかけの椿のケーキに思いっきりぶっ刺した。
「自分がどれだけ周りに迷惑かけてるか分かってんのか!!!」
 椿は一瞬だけ肩をびくっとさせた。俺はそんなことには目もくれず怒鳴り続けた。
「佐中さんなんてずっと前からお前のことを気にかけてたし、朝野もお前が怪我したって聞いて『少しだけど入院費に』ってお金をくれて、しかも毎日お見舞いのケーキを買ってくれる。顔には出さないけど心配してるんだ! シキも話したらすごく悲しい顔をした。俺だってそうだ! 俺がどれだけ奈良で心配したと思う? 佐中さんの話を来た後、急いで帰ってきたんだ! お前のことが心配な奴がこんなにいるんだ! 分かったら勝手に死ぬなっ!」
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