江戸の日常

□こわいもの。
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「『出る』って…何が?ゴキブリが?」
新八が神楽の興奮した表情を怪訝に見詰めながら問い掛ける。
その問い掛けに神楽が一瞬興奮が冷めた様子で新八を見詰めた。

「新八、私がゴキブリの出現情報聞いて喜ぶとでも思ってるアルか?お前はゴキブリと一緒にタップダンスでも踊っとくアル。」
「ちょっ、酷くない!?大体ゴキブリとタップダンスって何だよ!?間違いなく僕相手のゴキブリ踏みつぶしちゃうよ!」
新八の突っ込みを一切無視して、神楽は銀時の方に再びあの年相応の笑顔を見せた。

「銀ちゃん、ココの病院幽霊が出るらしいアル!」

バッキャロー、俺は別に聞いてねぇよ!

銀時は表面上は至って冷静を保って、「あ、そうなの?」なんて言ってみる。
しかし背中は冷や汗が滝の如く流れていた。

――落ち着け、銀時。
  お前もう三十路間近だぞ!?
  第一幽霊が怖ぇなんてコイツ等にバレてみろ!
  新八はともかく、ぜってぇ神楽の奴はからかってくる…
  毎晩枕元で怪談読み上げるに決まってらぁ!
  ココで弱味を見せたら負けだ!
  大丈夫だって、幽霊なんかいる訳ねぇんだから!

内心ビビりまくりながら、銀時は便器の掃除に戻るフリをして無意味に水を流してみる。
神楽の声が聞こえない様にわざとジャバジャバと盛大に水飛沫を上げながら便器を掃除する。

「ねぇ、銀ちゃん聞いてヨー。」
「あ〜…聞いてる聞いてる。」
いかにも不満げな神楽に適当に相槌を打つ。

その態度にムッとしたのか、神楽は水音にも負けぬ大きさで先程聞いたという怪談を話し始めた…。


―・―・―・―
昔、ユキというそれは美しい娘がいた。

ユキは美しいだけでなく、気立ても良く家柄も良い、非の打ち所のない素晴らしい女子だった。

男共はそんなユキを嫁にしようと躍起になったが、ユキには生涯を共に過ごそうと決めていた男がおり、誰とも付き合おうとはしなかった。

やがてユキは生涯を誓った男と結ばれ、子供を身籠り幸せな一時を過ごす。


しかし、幸せはそう長くは続かなかった。


出産も間近になり、ユキはこの病院に入院した。
しかしユキが入院して3ヶ月程が経った頃から旦那の様子がおかしくなった。

前は1日に1回は必ず面会に来ていたのに、週に1,2度しか面会に来なくなったのだ。

ユキは怪訝に思ったものの、仕事が忙しいのだろうとそこまで深く気にしてはいなかった。

出産日を10日後に控えたある日、ユキは何者かに階段から突き落とされた。

ユキ自身は一命を取り留めたもののお腹の中の赤ちゃんは助からず、一度も産声をあげることなくこの世を去った。

旦那はユキを責め立てた。
何故階段など使ったのか、何故子供は死んでお前は生きているのか、と。

勿論赤ん坊の事を誰よりも悔やんでいるのはユキだった。
ユキは心身ともに疲れ果て、そのまま旦那と別れて独りになってしまった。

しかしその後、ユキは友人から意外な真実を告げられる。

ユキの元旦那はユキと別れてから半年ほどで他の女と再婚し、しかも子供までいるというではないか。

その時ユキは全てを悟った。

男はユキ以外の女と身体の関係を持ち、妊娠させてしまった。
しかし男にはお腹に子を孕んだ女房がいる。
普通に別れれば間違いなく男の体裁は丸潰れだ。

そこで女房を殺そうと、階段から突き落とした。

しかし女房は生き残ってしまった。
男は焦ったものの、女房が憔悴しきっているのを良い事に責め立て、離婚まで持ち込んだのだ、と。

全てを知ったユキは、子供を亡くしたあの病院で死ぬ事を決めた。

そして……

ユキは男子の厠の便器に頭を突っ込み、溺死した。

今でも病院では、厠の便器から顔を出すユキの霊が出ると言われている…

―・―・―・―

「おしまいアル!」
最後まで話しきった神楽は満足げに腰に手を当てた。

「って、おいぃぃぃ!何で自殺場所に厠選んだんだよ!?しかもせめて女子便にしろよ!何男子便所で溺死してんだよ!?」
すかさず新八の鋭い突っ込みが冴えわたる。
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