江戸の日常

□闇桜
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目を開けると、そこは暗闇だった。




自分の姿すら見えない、全てを呑み込むような暗闇…。

試しに自分の顔の前で掌を開いたり閉じたりしてみる。
しかし、手の感覚はあるものの、まったくもって何も見えない。

「…ここ、どこだろ?」



僕は光は無いかと辺りを見渡してみるが、そんなものは視界に入らず、溜め息を吐いて手を伸ばす。
そしてゆっくりと歩み始めた。
こうすれば障害物があったとしても、自分の身体や顔に当たる前に手に当たって危険を回避できるはずだ…。

















しかし歩けども歩けども、壁に当たるどころか人っ子の気配すらない。

途方に暮れて佇むも、立っている事にすら疲れた僕はその場に腰を下ろした。


そして一つの結論に辿り着く。

これは夢なのだ。
だからこの闇に終わりは無いし、壁にすらブチ当たらない。

「…だとしたら、無駄に体力使うよりも目が覚めるの待った方が得策かな。」

呟いた言葉すら闇に呑まれそうだと感じつつ、僕はゆっくりと瞳を閉じた。











…と、瞼の裏に、求めていた光が映った。







僕は急いで目を開く。

先程まで何も見えなかったのに、視界の端にいる発光体のおかげでかろうじて少しの空間が見える。

その発光体の正体は、金色に輝く蝶だった。

何処かで見たことがあるような…だけど思い出す事が出来ない。


僕が悩んでいるのも知らず、蝶はゆっくりと、しかし艶やかに飛んで段々と遠ざかっていく。

「あっ!待って…っ。」

僕はコレが夢なのだという持論も忘れてその蝶を追い掛けた。
…何となく、暗闇の中に独りでいるのが怖かったから。



不思議な事に、蝶はゆっくりと羽根を羽ばたかせているにも関わらず、まったく追い付く気配は無い。

『夢』の一言で済ませてしまえば簡単だ。

そう。これは夢…。
そう想うのに、何で僕は目の前を飛ぶ蝶から目が離せないんだろう?

夢で何かを欲しても、決して手に入れる事が出来ない事位知っているのに…。



「はっ…はぁ。」
30分程追い掛けたと思う。
我ながら蝶一匹に振り回されて情けない。

しかし諦めようとは思わなかった。
その光に引き寄せられるように、諦めきれなかった。





    ひらり。



不意に視界の端に、再び発光体が映った。

しかしそれは金色に輝く蝶などではない。

薄紅色をした、桜の花びらだった。
桜の花びらはほんのりとした光を放ちながら、ゆっくりと地面に落ちる。

  ひらり。
       ひらり。

桜の花びらは一枚だけでなく、何枚も地面に落ちる。

どこからこんなに桜の花びらが…?

「あ…!」

僕は再び蝶が何処かへと向かい始めたのを見て声を上げ、再び追跡を開始した。

蝶を追いかけて行くたび、地面に落ちている桜の花びらの枚数は増えていくようだった。




そして気がついた時には、桜の花びらが地面一面に、まさに敷き詰めてあるように見える場所まで来た。

まさに桜の絨毯だ。

僕がそこを歩くと、先程の暗闇が嘘だったように自分の身体や辺りの様子が窺る。




目の前には、樹齢100年はあるだろうと思われるような立派な桜の木が、満開の花を魅せていた。

そして光を放つ花びらが一枚一枚、ゆっくりと落ちていく。

僕は目の前で舞う桜の花びらに手を伸ばした。

この距離なら普通に掴めるだろうと思って…。



しかし。


「何でオメェがココにいるんだ?」


どこからか響いて来た低音の声に、僕は動きを止めた。


桜の花びらが、ゆらゆらと華麗に舞って、地面へと落ちる。
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