短編

□お犬さま
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目のまえにある光景は、おもったとおり、実に愉快なものだった。

授業はメンドきゃ余裕でサボりが常日頃、ごくたまに偶然会えたらちょっとラッキー、くらいの遭遇頻度の不真面目オトコが、今日学校にきてないらしいのは、とても、なんの疑いもなく、うなずけた。
が、その理由がなんと風邪であるらしいというのであっては、これはもう、ひやかさないワケはないだろう。申し訳程度のなぐさめの品(怒られたとき用のたしなめ品ともいう)を手に、野次に野次って野次るつもりで、意気揚々とお見舞うことにした。

するとどうだろう。いつもであればどうしようもないくらいの傍若無人オトコが、思っていたよりも弱りきっているようすで、なんとも大人しく寝床のなかにおさまっている。その不可解さといったら、何?やっぱし、おもったとおり、超おもろい。
いつもの威勢も、覇気もぜんぜんないようす。そのめずらしさについ、笑いさえこぼれる。いやはやこれは、本気でかなりレアなのでは?特別天然記念物レベルなのでは…?写真にでもいっぱつおさめておきたいいたずらごころを、ぐっとのみこみ腹におさめる。

「オイ、なに笑ってやがる」
こちとら病人だぞ。鼻声よろしくあきらかイラついたようすの鉄ちゃんに、いや、すんません、とまじめ顔をきめてとりつくろう。
すごんでもぜんぜんこわくない。いつもこうなら幾分楽だし、なによりやっぱ、いろいろふりまわされずにすむのになぁと、おもしろ半分すこしせつなく彼をみた。
こちらが優位であるぶんここぞとばかりにこの状況を堪能してやろうと、いますこし彼に近づいて座り、ようすをうかがってみることにした。

「鉄ちゃんが風邪、めずらしいね。」
「おー。小学生ぶりだ」
「腹だして寝たの?」
「アホ、ンなワケあるか」

しんどそうに眉間にシワをつくりつつ、律儀に返事を返してくれる彼は、ことばの調子こそいつもどおりなのに、やっぱりべつの生きものみたいに、いつもとずいぶんちがってみえた。

なんとなく額に手をあててみる。病人特有の汗ばんだそこからは、風邪にまちがいない、なかなかの熱さがつたわってきた。かきわけた長い前髪が、さらりとおちる。
普段ならぜったい怒って抵抗してくる鉄ちゃんなのに、いまはされるがままで、実に大人しい。目はあいかわらず不機嫌そうにしてたけど、なんか、 変なの。
ほんとは笑いにきたはずだったんだけど、人並みのやさしさくらいはもちあわせていると自負したかったので、その姿にそれなりの庇護欲がわかないでもなかったのだった。なんだか、しおれた犬っころみたいだ。

「鉄ちゃん、いつもこうならいいのにねぇ」

しめった前髪を梳きよせながら、きこえても良いとおもってこぼした本音に、予想どおり彼が不服げにああ?と眉をつりあげた。そこで、脇にころがる袋をおもいだして、あ、そうだ。と白々しくはなしをそらしてみせた。

「献上品」
「…りんご」
「ハイ。お納めください」

彼の髪とおなじの色した、つやつやと熟れたりんごを手さげの袋からいくつかとりだして、仰々しく、寝床のかたわらにかかげてお供えした。
いまになって、タバコでもよかったかな、と おもわなくもなかったが、仮にも病人だし、常識的思考で考えをおさめた。鉄ちゃんならかまわずいつでも吸うんだろうだけど。

「食欲ねぇ」
「うん。治ったら食べな」
「あのな…」

弱々しくあきれ顔をつくる彼がとつぜん、わたしの手におさまるりんごをじっと、意味深げにみつめた。

「お前、なにしに来たの」
「え?お見舞いですけど」
「お見舞い、ねぇ」

なにかをふくむそのまなざしに、一抹の居心地悪さをかんじて、ちょっとたじろぐ。あれ、鉄ちゃん 元気ないくせに、なんか そこだけ、いつもどおり…。
なにかを察してわたしが距離をとるよりはやく、彼の熱っぽいあぶなげな手が、りんごごとわたしの腕をつかまえた。

「見舞いだろ?」
「は、はい」
「つーことは、俺に早く治れってんだろ」
「え、ええ?」

わたしが抗議の声をあげると同時、いっさいを無視して病人とはおもえない力がわたしをつよくひっぱりこんだ。


なんだ、けっきょくいつだって、敵わないのか。
こころうちで必死に悲鳴をあげながら、さきほどの心配心を激しく悔やみ、つぎはぜったい見舞ってやんない!と、それはそれはもう、かたく誓ってやった。
ホラーばりにじわじわと布団へ引きこまれてゆく無力な腕には、まだのこる額の熱とおんなじ熱さが、まとわりついてはなれない。
手からむなしくこぼれゆくおいしそうなりんごを悲しくみおくりながら、いつもどおりの、なさけない白旗をあげるしかないのだった。


(2023/03/26)

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