M-garden

□prologue〜或る川の真ん中で〜
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“体が、軽い”


夕日に紅く染まった川の片隅に、ハウエルは立っていた。
荒々しくしぶきを上げて流れている筈がなぜか彼の歩みを妨げる様子はなく、寧ろ後押ししてくれるような錯覚さえ起こしてしまう。

踏み出せばそのまま空へ飛び立てそうで心地良くて、歩む歩む歩む。



丁度中央まで来たところで、ハウエルはふと足を止めたくなった。耳元で何かがこだまするのを感じたからだ。
ふわふわとすぐそばで柔らかな音を奏でる何か、耳をすませてみればそれは歌のように聞こえてくる。


――…め……よ、ト……ま…だ……。

先ほどまで彼の邪魔をすることはなかった川の流れが今度は喧しく響いて歌を聞く耳の妨げになる。
聞きたいのに聞こえないもどかしさが余計にそこへ留まらせた。


……ザ……き……は――…い

“聞かせてくれ”

苛立ちのあまり思わず強く叫んでしまう……が、声にならぬ叫びは更に歌を阻み脳にこだまする。

“聞かせてくれ”
“お願いだ”
“俺は――聞きたいんだ”

精一杯声を出してみせても、ただ脳にこだまするばかりで喧しい川の流れはおさまる様子もない。
そんな時、彼はふと気付いてしまった。

川では……ない。

先ほどまで確かにあったはずの紅の川が足元から消えてしまったのだ。



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