::SK::

□vampire de amour
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vampire de amour




さわさわ、と風に木々が揺られていた。

「ねぇ、どこまで行くの?」
「もうちょっと奥まで」

くすくす、と嬉しそうな女の笑い声に彼女の手を引く男は見られていないのを確信して、猟奇的な瞳へと変貌していた。
ペロリ、と舌で唇を潤す。

ぱ、と女に振り返ると、そのまま引き寄せて深く、長い口付けをした。
女も女で慣れたようにそれに応える。


「好きよ、愛してる」
「僕もだよ」
「…ハオ…」


女が強く抱擁を求める。
男は口付けの位置をどんどん降下させていった。
口に、頬に、そして

「!……いっ」

首筋にかぶりついた。

「や、やめっ…」

女の声はだんだんと息も絶え絶えとなっていく。
声が、出ない。
血色と、生気を失って、その身体は崩れていった。


「君の血を欲するほどにね」


口周りにまで及んでいた女の血を親指で拭い、もう一度、ぺろりと舐めた。

「…しっかし、君の血、不味いね」

やっぱりな、と男は落胆した。
今時、純情な子なんてそりゃぁ少ないだろう、と。

食糧にケチをつける訳ではないが、それはやはり美味い方が良い。


「さーて…次の獲物探すかな」


男は闇に消えていった。
夜も遅く、街灯さえ点いていない。

暗い街灯の元で、新聞が風に煽られて舞っていた。
灯りがあればその記事が分かるだろうが、その時間に分かるはずはない。







そこには見出しにこうあった。


 若い女性を狙った猟奇的殺人鬼


その正体が吸血鬼であるとは、まだ、一般に知る者はいない。

* * * * *


ふわ、と部屋の窓から風が入り込んできた。
緑の良い香りがする。

少年は外に手を伸ばし、外の空気を感じようとしていた。
陽が暖かい。

外に出たい。



「葉様?」
「ん、たまおか」
「葉明様がお呼びです」
「…じーちゃんか…」


話なげぇよ、絶対。と顔に書かれている。
それを見て、たまおはクスクスと笑った。

「分かった、サンキュ」
「はい」









「・・・・・・・・・」
「・・・・・・葉や」

長い沈黙の後、ようやく祖父は重い口を開いた。

「お前が、屋敷を抜け出していたことは当に皆知っておる」
「…うぃ」

彼は人に感染する病を持っているため、外に出ることを許されていなかった。
被害を最小限に抑えるためだ。

「夜だったからまだ良いものを…」

ふぅー、と祖父の鼻から煙が吐き出された。
こう云う気まずい時にでさえ、それを見ると笑いを堪えてしまう。

「今後、勝手をしたら」
「分かった、分かったから祖父ちゃん」

その先を言わんでくれ、と葉は手で制した。

「…葉、その日、誰かに会わんかったか」
「・・・・・・いや」

そうか、と祖父は安堵したかのように目を瞑った。

「近頃は物騒だからのぅ、夜にフラフラされたら年寄りの身が持たんわぃ」

いいや、この爺さんはあと300年生きる、と内心突っ込みながら葉は笑った。



 誰かに会わなかったか、



一瞬、ひやりとした。
会ってはいない。

ただ 見た。

ふたりの人影

ひとりは闇に消え、ひとりは土に消えていた。


顔は見えなかった、だけど
それは、酷く恐ろしいと思った。


* * * * *

葉明はふぅーと長く息を吐いた。
肩に手を当て、首を一回、二回と回し、左右に一度ずつ傾ける。
ときおり鈍く音が鳴った。

「…わしも年を取ったものじゃのう…」
「何を言ってらっしゃるのですか、葉明様」

たまおが葉明に茶膳を持ってきていた。

「おぉ、たまお。ありがとう」
「いえ、これくらい当然のことです・・・あの」

たまおはおずおずと口を開こうとしていた。
引っ込み思案の彼女を思い、葉明は柔和に笑うと彼女の質問のつづきを尋ねた。

「…葉様のお具合なのですが」
「良くないか…」

たまおは黙り込んだ。
肯定の意以外の何物でもない。
葉明は眉間をつまみ首を振った。

「なぜこうも事件ばかりが立て続くのか…」

葉明はたまおを手招きすると、近くに寄らせ、新聞を見せた。

「この話、知っておるな?」
「は、はい、幹久様がお調べになられている事件ですよね?」

葉明はうむ、と首を立てに振った。

「世間的には、まだ捜査の糸口すら掴めていない状況だ」
「?」

たまおは葉明の言葉に引っ掛かりを覚え、眉を顰めた。

「…幹久には伏せておくよう命じた、とても信じがたいものが犯人でな」
「見つかってるのですかっ!?」

「吸血鬼だ」

たまおは、「へ?」という顔をしていた。

「想像上だけの存在。そう思われてきたが、事実、そうではない。
はるか昔、我々の先祖と彼奴らの間で契約が結ばれていた。
が、しかし、時折、向こうの方から謀反人が現れることがある…」

「で、では、今回の事件も…」
「そのとおりだ」

葉明は冷めかけ始めたお茶をずっ、と啜った。
お茶の葉がユラユラと湯飲みの中で揺られている。

「葉が外に出た、そのときもしや目を付けられたかもや知れぬ」
「ですが、たしか女性ばかりを狙っているのでは…?」
「奴らには老若男女など関係ないことだ。ただ、人目を避けて犯行に及んでいるあたり…犯人の吸血鬼は男だろう」
「ナゼでしょうか?」
「人目につかないところ・男女の関係」

は、とたまおは意味を解し、ぼっ、と顔を赤らめた。

「異性のほうが誘いやすいのは一目瞭然のことだ」

まったく、と葉明は肘置きに肘をついて、頭を拳に乗せた。

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