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□SHEEPSHIP
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SHEEPSHIP



 私立森羅学園は男子校として幅をきかせていた。
 それぞれの個性がなんだかんだと学校案内パンフレットは謳っているが、実際は誰も気にしていないところではあるが、そういう気風の学校だ。
その中でも断トツに嫌がられている学校行事がある。
  合唱コンクール
 何が嫌なのか。
 年頃の男どもが揃いも揃って歌えるか、アルト、テノール、バスばっかりで気持ち悪いぞ!
 合唱といえば女子のソプラノだろう!と訳の分からない団結力のもと、音楽教員、シルバは今年も彼らの統率に手を焼くのであった。

「プリント配布し終わったかー」
「はーい」
「んじゃ、取り敢えず歌ってみろや」

 楽譜も歌詞もあるだろう、ととてもじゃないけど横暴な教え方だが、彼はこれが普通なので誰も突っ込まなかった。

 ふんふん、と毎日毎日、飽きもせずに大きなオレンジ色のヘッドホンで音楽を聴き鼻歌を歌いながら登校する、少し、変わったクラスメイトがいた。
 そいつは口パクで歌っていた俺をちらり、と横目で見て来た。
 歌ってないな、こいつ。と蔑むような目だった。
 歌が終わると、シルバは大袈裟に肩を落とし、盛大に長ーい溜め息をした。

「ひでーな、お前ら」
「先生、その言葉もひどいです」
「お前ら、合コン嫌がってるけどなー、その低い声ばかりまとめなきゃいけない俺の身になってくれよ」

 誰かが手を叩いて笑った。
 だったら女子校行けば良かったのに、と野次が飛んだ(教員採用試験に落ちたと皆承知でだ)。
 クラスが賑わうなか、あいつだけはいつもと変わらぬのんびりとした雰囲気を維持していた。
 やっぱり、こいつ少し変わってる。

 授業が終わると、運良く掃除当番を免れた俺は仲間と一緒に体育館へ向かった。
 雑誌に載っていた選手の話題で盛り上がるなか、ふ、と思い出した。
 昨日、弁当箱を忘れて帰り、妹にこてんぱんに怒られ絞られたというのに、また忘れてる。

「ちょ、忘れ物したから取って来るなー」
「おー、先行ってるぜー」

 バタバタと踵を踏み付け、ほとんどスリッパ状態になった上靴を鳴らして、廊下、階段を逆行する。
 そのまま、というのもあれなので、気が付いたら鼻歌が出ていた。

  あれ、なんだっけ、この歌

 教室の扉を開けるとその音でガバ、と起きた人影があった。
 そいつは音源である俺を見ると安堵の溜め息を漏らした。

「なんだ、ホロホロか」
「なんだってなんだよ」

 いや、と頭を振って、伸びをした(そういえば帰りのHRからずっと俯せになってた気がする)。
 俺は自分の机に向かい、横にぶら下げた袋の中から目的の物を取り出した。

「音、ズレてたぞ」
「え」
「さっき、課題曲歌ってたろ」

 聴かれてたのか!と無意識に赤くなってしまった。
 て言うか、どっかで聞いたことある曲だなーって数時間前か!!と一人で脳内漫才をやってみた。

「オイラ耳は良いんよ」

 自分の耳を指差して、不敵に笑った。
 その笑顔は冷やかすときのニヤニヤとした笑いに変化した。

「ホロホロって案外、真面目なんだな、やる気ないのかと思ってた」

 反論が出来なかった。
 今何を言っても照れ隠しにしかならないと馬鹿でも分かる。

「教えてやろうか?」

 俺は自分の耳を疑った。
 なかなか自分から人と接点を持たないようにしている奴が自らそんなことを言い出すなんて。
 しかも思わずそれに応えてしまったのだ。

「おー、よろしく頼むわ」

 と。

二週間とちょっと。
短い個人レッスンが幕を開けた。

* * * * *


 表向きバスケ部に所属している人間、まぁ自分だが、周囲にはそればかりしていると思われていると、まったく別ジャンルの行動を起こすのはとても恥ずかしい。
 部活の沽券にも関わる、と止める奴はさすがに某高校生ミュージカル映画のようにはいないけれどもそんな雰囲気もなくはないのだ。
 と、言うわけで、レッスンは空き時間に人がいないところ、という条件下で黙々と行われた。

 初日は、なんというか、一言で言えば酷かった。

「ホロホロどこだ?」

 楽譜をなぞらえて尋ねられた。
 音程の話だろう。

「バス」
「ふーん、オイラ、テノール」

 違う音域に不安を若干抱いた。
 それは顔に出ていたらしく、俺の顔を見た葉はへら、と笑って安心するよう手を振った。

「大丈夫だって、楽譜あるし、合わせた方がお互い練習になるだろ」

 なるほど、と思った。

「オイラのこと見直したろ」
「うるさい」

 本当に思ったことを言い当てられて素直にはなれない。
 しかも相手は本人だ。

「じゃあ、ホロホロ楽譜見ながらで良いから歌ってみろよ」
「え」

 嫌がる俺を余所に、葉は指揮者の真似を始めた。
 2小節数え終わった。
 歌い出しは3小節目からだ。

 腹を決めて歌った。
 いつの間にか、葉の指揮が止まり、取り敢えず俺は一番だけ歌い終わった。
 葉は愕然とした顔で俺を見ている。

「ホロホロ…バスだよな?」
「…? おう」
「この音符の音は」
「えっと…ド、シ、ラ、ソ ソだろ」
「ちげーよ、確かに上の行だけどヘ音記号ついてるだろ」
「あぁ! ってことはド、シ、ラ…」
「オクターブ下のシ」

 つまり、あれだ。
 俺は楽譜の読み方すら分かっていなかったらしい。
 道理でよく音痴だと笑われるわけだ。
 葉はどうした物か考えて、俺の楽譜に音階を書き加えた。
 昼休み終了のチャイムが鳴ったので、続きは明日に持ち越しとなった。

2日目

 まずは歌ってみた。 葉の顔は眉を寄せて不思議そうな顔をしている。

「…ホロホロ、このレもっと低い」
「…はぁ。」

 ドレミをご丁寧に書き込まれてもそれがどの高さか分からないので、昨日よりは真面になっていてもやっぱり酷いものは酷いらしい。

三日目

「ホロホロかなり良くなったな!」

 バシッ、と上腕二頭筋あたりを叩かれた。 痛い。 当の葉はニコニコと笑い、「じゃ、次はオイラと合わせよう」と言い出した。 やるだけやってみると、ここ最近見慣れて来た葉のしかめ面をまた拝んでしまった。

「…他の音が入るとごっちゃになってるな」


四日目

 特に進展なし。
 放課後、フリースローの練習時間に背後から体当たりという攻撃を食らった。 色黒のアフロ、チョコラブだった。

「ホロホロなんで最近遊んでくんねーんだよー」
「べっ、別にいーだろーがよっ!」

 舌を捲し立てた俺の頭にボールが直撃してきた。 軌道の元には蓮がいる。

「チョコラブ、そんな奴放って置け」

 頭を擦りながら戻してやったボールは蓮の手に渡るとすぐにボードに当たらず綺麗に弧をかいてリングを潜った。

「毎日毎日飽きもせずに休み時間にデートしているだけだからな」

 にやり、と少し声のトーンを落として言った台詞は、俺には鬼門だった。 ピシッ、と何かが凍った気がした横でチョコラブは興味津津にこっちを見ている。

「マジで!? 誰だよ、相手!」
「葉だ、麻倉葉」

 なんで知っているんだ、と口をパクパクさせていると、蓮は本人に聞いたとのうのうと答えた。 そういえばこいつら意外に仲良かったから、休み時間に大人しかった(寝ていて)葉がいないことを蓮は早々に気付いてもおかしくはない。 ただ何をしているかは聞いていないらしい。 良かった…。

「葉かー。 そういえば葉と言えば、スゲェ噂話仕入れたんだけど、」

 チョコラブお得意の情報だ。 蓮も俺も噂にはあまり興味ないので、だいたい聞き流しているが、今回は訳が違う。

「あいつ、だいたい寝てるか、ぼけっとしてるかなのに、音楽の授業だけはシャキッとしてるじゃねーか? だから」


   麻倉はシルバに惚れ込んでいる


 年頃の男が集まれば、十人十色で、そりゃあたくさん、いろんな趣味の人間がいて、合致する奴もいて、ときどき校内で、あ、こいつら、と思うことだってある。 意外にそのような趣味に関しては他校よりは寛容になってるけれども、近場の人間になればまた別の話だ。

 否定しよう、としたが、咄嗟に言葉が出なかった。 だって、全てに筋が通る気がする。

 面倒くさがり屋の葉が、自分から音痴な俺の指導に当たると言い出した。 利益は? 自分でも意外な言葉を言ったな、という顔だったけれども、どうしてそんなこと言い出したのか、

考え過ぎて頭が痛くなった。


休日とばして7日目

 合コンのために国語が音楽に変わった。 また一通り歌わせられた。 歌い終わったあと、シルバは目を丸めて俺たちを見た。

「なんか、えらく上手くなったな」

 シルバの言葉のあと、葉は俺を見て、ピースサインをしながら笑った。 笑えば結構かわいい、じゃなくて、て言うか何考えてんだ、例の噂はまだ俺を悩ませる。

 ちくしょう、なんでお前笑ってんだよ。 なんでお前、喜んでるんだよ。


 みっちり残りの約一週間、葉のやんわりスパルタレッスンは続いた。 まだ噂は実しやかに流れている。

最終日、葉は俺の部活が終わるのを待っていた。
 蓮やチョコラブを置いてさっさと葉の元へ行き帰路につく。 歩調は葉に合わせていたが、やけにゆっくりだった。
 途中の公園に立ち寄って、葉は自販機の前で何か買おうと止まった。 炭酸を選んだあと、それを俺に渡し、自分も同じものを買った。 するとさっきは外れた自販機に付いているルーレットが回り、外れるだろうと思ってたら当たってしまって「わーどうしよう」と一時騒然となった。

「レッスンお疲れ。あ、部活もな」
「こっちこそ」
「これ、お疲れって意味のおごりな」
「それって、明日するべきじゃね? っていうか、俺が奢るべきじゃねぇ?」

 頭では、聞きたい事が何度も駆け巡っていた。 聞きたい、でも、聞けない。 それが何でかなんて自分でも分からない。 気持悪いから、とかそんなんじゃない。

「明日の本番頑張ろうなー」

 カンパーイと無邪気に俺の缶に自分のを当ててきた。

「葉」

 んあ?と、気の抜けた顔の中でシュワシュワと音を発てる炭酸水はその喉を通過していく。

「お前、自分の噂、聞いた事、あるか?」
「…そんなもんあったんか?」

 葉は、知らなかったようだ。 内容を教えていいのかは分からなかったけど、口から言葉が出て行く。

「…なんか、お前が好きな奴は…シルバだとかいう」
「………は?」

 意味が分からない、と言う顔だった。 だから、少し付け加える。

「お前、音楽のシルバが、好きなのか?」
「…好きって…LIKEか?LOVEか?」
「ラヴの方だ」

 葉はスカッ、と飲みかけの缶を落としてしまった。 地面にシュワシュワと小さな音を出しながらシミが広がる。

「…帰る」
「、葉」

 咄嗟に背を向けた葉の腕を掴んだ。 自分でもどうかしようと思ったわけじゃなかったのに。 葉が俺を見た。 目許が赤くなってる。 それってどういう時になる反応だっけ。 俺だったら―――

「、は、なせよ」

 腕を振られ遠心力で放してしまい、止める間もなく走って行かれてしまった。 なんだ、あの反応。


  図星を当てられて、恥ずかしくなった?


 なんだか言葉に出来ないモヤモヤが胸に支えてる。 気持ち悪い。 何で、答えてくれないんだよ、葉。 言ってくれたら、まだ良かったのに。 何が“まだ”なんだ?

 ぐ、と炭酸を飲み捨てて、帰ろうとした。 足下の葉が落とした缶の回りに蟻が這っている。 葉のお零れか。 俺にもくれれば良いのに、お零れ…
 …何の? 誰の?


 当日、とてもじゃないけど、昨日は眠れなかった。
 学校に行くのも億劫で、でも行かなきゃ、とズルズルと体を引きずって登校した。
 廊下をぼてぼて歩いていると、ちょうど教室から葉が出て来た。

「…………よぅ」

 言葉を探したが出てこなかった結果、それだけが声になった。

「おはよ」

 葉は素っ気なくそれだけ言うと、俺とは逆方向の方へずかずかと行ってしまった。

 避けられ…いや、便所だろ、いや、でもあっち遠い方だよな…

 一度も目を合わせることもなく、ステージに上がる。
 歌は問題なく進む。
 終盤、何かが込み上げて来た。

もう、葉と2人で会うこともない
怒らせてしまって、仲が修復するかも分からない

 ピアノの音に合わせて礼をする。
 ちくしょう、こんな時に下向かせんじゃねぇ

 ステージからやっと退場になった。
 裏の扉から出れるようになっている。
 そして、講堂の横の扉から入り直して、他のクラスの合唱を大人しく聞かなくてはならなかった。
 が、俺は敢えて、裏に出た瞬間、流れとは逆の横扉の方に繋がる廊下に向かって走った。

02
 

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