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□君に綴る恋愛論
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君に綴る恋愛論





廃墟と化した立入禁止と札の書かれた、ビニールシートに覆われたビル。
度重なる取り壊しの中断が噂を呼び、嘘か真かは知れないが、幽霊が出る、だのと言われているその中に入るような酔狂な人間は(ほとんど)いなかった。

葉明に言われ、シャーマン一族の次期頭首の修行と称して、近頃の葉は全国各地を回っていた。
麻倉の名を頼りに情報が集まる、俗に心霊スポットと呼ばれるところばかりを転々と。

葉はビニールシートを手の甲で押し上げ、中に踏み入れた。

暗いな、と思ったが、ふ、と足元を見ると、ペットボトルの形が見て取れた。
しかもまだ新しい。

残念ながら、存在する気配は霊ではない。

「ハオ。いんだろ、お前」
「もうかくれんぼ終了か」

葉の言葉を聞くと、すぐさま柱に隠れていたハオがヒョコ、と姿を現し、持ってきていた荷物を置いていた、積み重ねられた廃材を椅子代わりにして座った。
夜目に慣れたとはいえ、流石に表情は見えなかったけれど。

「あ、ここの地縛霊なら払っといたよ」
「……そりゃどーも」

結局、キングになるのはお預けになった見た目以上の精神年齢を保持する双子の兄は、こっそりとこちらも全国を渡り歩いているらしい。
時折、葉にしては偶然に合致することがあった。

「まぁ、せっかくここまで来たんだから、ゆっくりしなよ」

ハオは葉にまだ手を付けてないペットボトル入りのコーラを投げた。
葉は胸の辺りで受け取ると、サンキュ、と言って蓋を開けた。
瞬間、蓋の裏から圧力を感じた直後にコーラは元気よく噴射した。
そしてそれはものの見事に葉に直撃している。

「…………」
「引っ掛かった。ダメじゃん、人から貰ったものを安易に信じちゃ」
「………だな。特に相手はお前だったし」
「その通り」

反射的に目を閉じていたけれども、開けてみると睫毛に付いたままだった砂糖水が目に入って痛い思いをした。
目を擦りながら、ハオを睨むと、呑気に袋からパンを取り出して、モフモフと食べている。

「あ、いいもん、持ってんな、ハオ」
「あげないよ」

即答されて、ぐ、と言葉に詰まった葉は、しかめっ面のままコーラを飲んだ。

「いつまでそこでボサッと立ってんの。椅子があんだから座りな」

ハオはトントンと自分の隣を叩き、葉にそこに座るように促した。

「おぉ」

葉はハオに言われるがままにそこに座った。

   ブゥッ

と、音が鳴って、葉の眉間に皺が寄り、ハオはぷくく、と笑いを堪えていた。

「100均にクッション売っててさ、試したかったんだよね」
「……お前はオイラに何がしたいんか」

怒りに任せて、葉はハオの両頬を力いっぱい引っ張った。
みにょん、と良く伸びる。
気持ち悪いくらい柔らかかった。

「いひゃいいひゃい」

ハオは持っていたフランスパンを横に置き、葉の手首を掴んで、頬を摘む指を外そうともがいた。


葉は指を、もう良いや、と言った感じで放したが、ハオはそれでも葉の手首を解放しなかった。
放させようと、葉は力任せに右手を自分方向に引き寄せたら、ハオごと付いて来て、そこまでの重さを想定していなかった葉は、結果、ハオに押し倒されたような体勢になった。

ハオの手は葉の手首から離れると、葉の顔にかかっていた髪を梳くように押し上げ、頬のラインを優しく伝った。

「…………べたつく」
「誰のせいだと思ってる、」

葉の言葉が全て言い終わる前に、ハオは葉の唇に自分のを合わせ、舌を入れた。
声になりきれてない声で葉は叫んでいたが、無視したままハオは口内を荒らした。

口を放した際、どちらのとも知れない唾液が名残を惜しむように糸となって繋がっていた。

葉が直ぐさま起き上がろうとすると、それを止めるようにハオの手が葉の肩を押さえた。
反射的に顔を背けたが、リンパ腺に沿うようにハオは首筋に口付けを落とす。
それも凄くわざとらしい音を立てながら。

いちいち反応して、声を出すのが嫌だった葉は下唇を噛み締めた。
そっちに真剣になっていたためか、呼吸を忘れていることも分からなくなって、ただの羞恥とも息苦しいだけかとも判別がつかないが、葉の顔は紅潮していた。
目をつぶる葉の手は特に抵抗の役にたっている訳でもないが、ハオの肩を押している。

そんな葉を横目に、ハオは右手を葉の上着の下にくぐわせ、腹部を撫でた。
途端、力を入れていた腹筋がびくついた上にへなってしまう。
その時、またあの緊迫感のカケラもない音が聞こえた。

   ブゥッ

うっかり我に返った葉は現状をまともに悟り、赤くなったり青くなったりしながら額に血管を浮かべた。

「……〜〜〜っ!」

ベチーーン、と小気味良い音が響いた。

「「……〜〜〜っ!」」

頬に来た痛みに堪えるハオと、叩いた手の平に来た衝撃に堪える葉は互いに無言で耐えた。

「……お前…良い歳こいてそこかしこで盛ってんじゃねぇ…っ」
「……お前こそ、ムードって言うのを読んだらどう…だ」

痛みが完璧に癒えたわけではないがもう慣れてしまった頃に、ハオは葉の上に倒れ込んだ。

うおぉっ!?と葉は身構えたが、先程とはハオの雰囲気が変わっていたので、構えを解いた。
どう見ても、くつろぎモードのハオだった。

本能だけに忠実なんじゃないかと葉が目を細めてハオを見ると、対して、優しく葉の頭を撫でるハオがニッコリと笑った。


ついでにヘナッ、と笑ったかと思えば、ギュウと圧迫死するんじゃないかと思うほどの力で抱き寄せられた。

「く…ぐるじ……!」
「ねぇ、葉」

葉が昇天仕掛けたことに気付いたハオは、彼の首に回していた腕の力を緩めて、頭部の自由を与えた。

「芥川って作家、知ってる?」

ハオの問いに葉は自分の知識の該当するものを探し出し、思い付くと、自信なさ気に疑問口調で彼の目を見て答えた。

「………りゅーのすけ?」
「当たり」

それがどうかしたか、と葉が眉を寄せると、ハオは目をつぶって、葉を抱きしめていた腕を離し、雑魚寝姿勢になった。

「ここにいた地縛霊がね、僕らと大して歳の変わらなそうなナリした女の子だったんだ」

口調は静かで、なんだか物々しい印象だった。
から、葉はあえて、突っ込みを喉に押し止めた。

「別に強制的に払えたんだけど、ちょっと葉っぽく、霊の悩みを聞いて…と言うより読んだら、結構可哀相な子でね」
「うん」
「……あれ、知ってた?」
「先に調べて来た」

葉の葉明(兼アンナ)に対する報告書にもハオが言おうとしたことと同列のものが並んでいた。

「心中しようとして、相手の男だけ死を回避しちまったんだろ」

身分、なんて古い、とも思うけど、そうじゃない人だってまだ存在していて、たまたまその家の御曹司と恋をして、反対されて、最後の一緒になれる手段だったのに、と嘆いて、その現場となったこの廃ビルの土地で時折、誤って生身の人間を追い掛けてた、と。
最後だけ聞けば、ホラーだけれども、不覚にもその経緯に同情してしまった。

「………で、その娘の話聞いて、気持ち叫んでもらって、スッキリしたところで、行き方が分からなくなっていたトコロまで引導してあげたらさ、なんか色々悟っちゃってね」

今更?と葉はハオをまじまじと見た。
パチ、とハオの瞳が葉を捉えた。
葉の心臓がドキ、と大きく疼くと、それを読んだかのようにハオの手が葉の頬をまた撫でた。

「…互いに、愛し合ってる、だからいつまでも一緒に、なんて出来るもんじゃないよね」

葉の手をとりその指を唇に近付けた。

「愛し合ってても、自分の思い通りに本当の幸せが手に入るわけじゃないし」

葉はハオにとられていた手を、彼の輪郭に合わせて這わせ、額に置き、熱を計った。
特に熱いというわけではない。
どうやら真剣に言っていたようだった。


「………ハオ」
「好きな人と一緒にいられたら幸せだけど、好き合ってても不幸になることだってある、どんなに辛くても諦めた方が相手に良い、こともある」

葉はもぞ、と起き上がり、胡座をかいた。
親指を顎にあて、むぅ、と悩んでる。

「…だから、身を引くせいで、悲しむ奴もいる、ってか」
「ちょっと違うかな」

葉に倣って胡座をかくと、わしゃわしゃと葉の髪を掻き回してハオは言った。

「身を引くんじゃなくて、思いやりだよ………それこそ真実の愛ってヤツだろ?」

ニッコリ、とでもどこか淋しげにハオは笑った。

「………誰と、重ねてるんよ」

葉の眉間には皺が健在だったが、心なしか、眉は下がっているような声音だった。
ハオは返事をしなかった。
その代わり、葉の顔を自分の方に向かせて、触れるだけの口付けをした。

「葉じゃないよ、言ってるでしょ、芥川って」
「なんで」
「彼はね、何度か自殺を図ったんだよ、愛人と一緒にね。でもいつも失敗。相手の女ばかりが成功してね。でもさ、僕は、好きな子を巻き込んでまで死に急ぎたくないな、って、その理由は…とかいろいろ考えてたワケ」

ふーん、と葉は呟き、顔を背けた。
顔が少し赤くなっていた。

「自分かと思った?」
「………うるさい」

葉は頭を押さえて顔を隠した。
ハオの霊視の能力をもってすれば、意味はなかったけれども。

「……オイラ旅館戻って報告書書いてくる」
「え、残念」

葉が手を降ってビルを出ようとしたら、ハオは荷物を持って追い掛け、葉の肩に手を回した。

「なんなら一緒泊まろうよ、奢りだよ」
「まじ?」

葉がクルリ、とハオを見ると、良い笑顔で葉を迎えたハオは親指を立てた。

「ふかふかのベッドも広いバスもあるよ」
「おおぉ」
「別名ラブホって言うんだけどね」
「………」

びし、と葉はハオの額にデコピンを食らわした。
思わず少しのけ反って、ハオの足取りが止まった。

「寝言は寝てから言え」

葉はスタスタと歩を進めた。
ハオは冗談通じないなぁとぶうぶう文句を言っている。

「おまえ、常に本気じゃねーか」

葉の顔が今までのハオの行動を思い出して少し青ざめた。
ハオは葉のあとについて行った。

「………葉、今はそうは思わないけど、僕が葉の前からいなくなったら、それは、身を引いたんじゃないからね」

葉はそれを聞くと振り返った。

「いなくなったら、許さんからな」

それだけ言うと、また元の方向に向かって歩いた。
ハオの表情が、一瞬ぽかん、としたあと破顔した。
心の臓がほわ、と温かくなった。

「大好きならそう言ってよ」
「言わん、オイラにはアンナがいるんよ」
「よ、両刀使い!」
「…………っ!」

葉の目が見開き、口をパクパクさせていた。
顔はだいぶさめていたのにまた赤が振り返している。

ああ、もう、可愛いなあ!!

口に出したら怒り出すだろうから言わないけど。

片田舎の空に、星が浮かんでいた。
大好きと幸せと思いやりが今ならすべて手中に在ることに感謝した。
一筋の星が流れた。

「ハオ!行くんだろ」
「へ?」

あ、今日思いやりだけはなくすかもしれない

many LOVEs for you!

 


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