::SK::

□vampire de amour
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葉はぺたっ、と自室のドアに耳をくっつけていた。
特に何らかの音は聞こえてこない。
チラリ、と窓の外を見る。充分過ぎるほど暗い。

「……寝た、よな。多分祖父ちゃんたち」

それでも細心の注意を払って、音を鳴らさないように移動し、窓を開けた。
夜風が顔にもろに当たった。

「…家ん中でじっ、とできるわけないよなぁ」

上半身をよいしょと窓枠の外に出した。
ん?と下を見ると、たまおが世話している狐と狸が葉を見上げた。
げ、と葉は頭をひっこめて、すぐさま窓を閉めた。

やばい。

あいつら妙に賢いんだよな…と頭を押さえた。
おそらく、また葉明に伝わるだろう。

家の中にいるのが安全だとは分かっている。
だけど。

葉が自分の思考に没頭したときにカツン、と窓から音がした。

は、とそちらを見てみたが、特に何があるわけじゃない。
気のせいか、と思いかけたら石を投げ付けられていると実際に目で見て確認した。

好奇心から窓に近寄る。
下の方を見ると、あの二匹はいなくなっている。
しかし、人の姿もない。

恐る恐る、葉は窓を開けた。

不意に、人形の何かが目の前に現れて視界を遮る。

「こんばんは」

葉が声をあげるより早く男は窓から侵入し、そのまま葉を床に押し付けて馬乗りになった。
葉の瞳が驚愕でいっぱいになるに連れ、男は笑ったように見える。

以上、それは驚くほどあっという間だったのだが、さらにその次の瞬間、バチッ、という音がした。
青い閃光が一瞬だけ閃き、ふたりの間を引き裂いた。

侵入者の男はかなり驚いた表情で葉を見つめた。

葉はとっさに、出来るだけリーチの長い武器、と認識した孫の手をとり、彼に突き付けた。

「誰だ、お前。何ものだ」

息が、切れ切れなのを抑えて葉は気丈にそう聞いた。
男は、目の前に迫った孫の手の手部分に臆した様子もなく、胡座をかいて座り直し、葉を見つめて薄ら笑った。

「ハオ。で? 君の名前は?」
「お前、そんなこと言える立場にいるとでも思ってるんか?」

葉は眉を寄せて、ハオと名乗った男を睨み見た。

「言ってくれるじゃん」

ハオは孫の手を掴み、即座に立ち上がった。
葉はそう来ると分かると持っていた部分を捻ってハオの胴体に向かって押し付けようとした。

次の瞬間、葉の手首を掴もうとしたが、また、あの光を放った。
バチ、という音と一緒に。

さすがに様子がおかしいと思った葉は、より眉間にシワを寄せてハオを見た。

「………静電気男…」

ハオはじわり、と痛む自分の手の平を見た。
これは、多分、

「なんだよ、随分、不名誉なあだ名だな」

そう言うハオの口の端が嬉しそうに上がった。
そのことに気が付かなかった葉はヒリヒリと痛む手首をさすりながらぶつぶつと呟いている。

「…ていうか、あれみたいだ。蛍光灯に寄っていった蛾とかが当たった瞬間に死んで散る音」
「………よりによって蛾に例えられるのか」

ハオの呟きに葉はまたハオをしかと見た。
ハオは孫の手を葉に返すために放り投げた。

「……蛍光灯の名前は?」

に、とハオが笑うともともと人が良い性格だったから、うっかり口を割ってしまった。

「葉」

しまった、と言う顔をしたあと、もう遅い、と気付き、葉はわしわしと自分の頭を掻いて、再度言った。

「麻倉、葉」

ハオはニッコリと笑うと、ヒョイと身軽に窓枠に登った。

「じゃあ、今日はこれでサヨナラってことにするよ」

は?と葉は睨み気味にハオを見た。
対してニコニコと手を振る奴が、なんかムカつく。

「じゃ、また明日ね、葉」
「は?」

ひらり、と窓から飛び降りたハオに驚き、葉は目を開いて、ハオのいなくなった窓から身を乗り出し、彼を探した。
見回したけれども、いない。

家の側には鬱蒼とした森があるので、そこに入って行った可能性は十二分にあった。
時間的にもそんなに遠くには行っていないだろう。

「…もう来んな!」

そう悪態をついて、力強く窓を閉めた。

葉の部屋の位置からは見えないくらいの場所でハオはその言葉を聞いた。
もう一度、屋敷全体を見渡した。

先程の葉に触れようとする度に起こった現象。

ハオの口に笑みが浮かぶ。
くつくつ、と押し殺した笑いが止まらなかった。

噂には聞いたことがあった。
吸血鬼と人間の間で取り交わされた契約。
その人間代表が―――麻倉家

そして葉からほのかに薫る、死の香り。

素晴らしい、別名、面倒くさいことに、麻倉家は能力者だった。
だから、彼自身もそうだったのだろうが、その死が差し迫っているなか、修行など出来なかったのかもしれない。

そして、葉自身が窓を開け、ハオを入れた瞬間、家に張られた対吸血鬼用の結解が解かれ、さらには名前を教え、ハオに呼ばれたことで、葉自身に纏わり付いていたそれも解かれた。

さらに、鋭い嗅覚で分かったことだが、凄まじいまでの純粋培養で育ってきている。

「………久々に、良い食材に会えた、な」

血に飢えたハオの瞳が紅に染まった。


葉が深夜に出歩くことがなくなり、葉明を筆頭に頭を悩める麻倉家の問題がひとつ、解決した。
今はもう、例の事件の犯人を絞り込む段階に入っている。

治安を守ることが仕事の麻倉家だが、やはり、一般には犯人の正体を教えるわけはなかった。

そして散漫した注意をかい潜り、ハオは葉と毎夜、懲りずに逢瀬を交わしていた。
一日目で面白い、と判断し、しばらくは暇潰しとして葉と会うことにしたらしい。
なんだかんだ言って、葉も遊び相手が出来て、嬉しかったようだ。

「おじゃましまっ…………っ!! いったあ!!!」

窓から何も考えずに部屋に入ったハオを出迎えたのは床に散らばったビー玉だった。
むろん、かなりの量がちりばめられ、それを踏んだハオの足の裏から来る痛み。
ある程度、想像はつくだろう。

「おっしゃ、ひっかかった!」
「って、何そのガッツポーズ………!」

ハオは痛みを堪えながら少しずつ足でビー玉を払いながらベッドに腰掛けている葉の方へと歩みを進めた。
転がって来たビー玉をひとつ手に取り、葉は笑った。

「あんま蹴んなよ。オイラの宝物なんだから」
「…これが宝物の扱い?」

ケラケラと笑われながら、ハオは頭を抱えた。
なんだか、立場がおかしい気がする。

ちらり、と葉を見れば、ドクドクと脈打つ血管が白い首筋に浮いて見える。
生唾を飲み込むと、葉が変な目でハオを見てきた。

「……………」
「どうかした?」
「………いや」

葉はフイ、と視線を外し、持っていたビー玉でおてだまのように遊び出した。
ギシ、と葉の隣にハオも腰掛けると、葉はビー玉を掌に納め、放るのを止めた。

「ビー玉ってさ、光を通すと綺麗だよな」
「ガラスだしね」
「夢の無いこと言うんじゃねぇ」

葉はハオの頭にゴツ、と拳を喰らわせた。
痛い、と呻くハオは頭を押さえながら恨めしく葉を見た。

「ん」

葉は口元に微笑を浮かべながら、先程ハオを殴った拳をハオの目の前に差し出した。
反射的にハオは身を庇おうと腕を顔の前に構えたが、なんだか違う、と判断し、その腕を下ろした。
葉はそのハオの手に拳を押し当て、中に入れていたビー玉を渡した。

「やる」
「一個だけ?」
「贅沢言うな」

ハオがくす、と笑うと葉は座ったまま腕だけを大の字にして寝転がった。

「………ハオはさ、オイラのこと恐がってないよな」

葉はハオに手を出して、先のビー玉を貸して、と目で訴え、ハオもその通りにした。
葉はそのビー玉越しに部屋に明かりを点している電球を見る。

「………治るか治らんか、ってゆうか、病気の原因さえもよく分からん、病人になったオイラにここまで接する奴ハジメテなんよ」

そりゃあ、自分移るわけないもん、となど言えるはずもないハオはつい、と視線を泳がせた。

「………だから、これ、形見ってヤツな」

ハオにまた渡すために葉は起き上がって、ハオに向かって笑った。
ハオの表情は固まっていた。

「………死ぬの?」
「自分の身体のことはオイラ自身がよく分かってる」

ハオは、胸が裂けるような痛みを感じた。
確かに、葉に付き纏う臭いは日に日に強くなっていた。
だけど、話して、笑う内に気になることになどなっていなかった。

衝動的にハオは葉を抱きしめた。

「………なっ!?」

葉が抵抗しようともがいたが、ハオはより強い力で葉を抱き寄せた。

「………生きて、」
「おう、頑張る」

葉がハオの見えないところで笑うのを感じた。
ハオは、自分の言動に目を丸くしていた。

夜が明ける前にハオは葉の部屋から退散した。
手にはビー玉。
ハオはそれをにぎりしめ、決意を固める。



――――生きて、側に、いて


不老不死に近い吸血鬼と共に、だなんて無理な話だ。
が、しかし、手はないこともない。

相手が生きた、人間ならば―――

ハオは葉の家の方角を見た。

死の香りは、最高潮を迎えていた。

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