::SK::

□ワイフ
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パタパタと、最早、誰もいない校舎の廊下にスリッパの音が響いていた。

少年はキョロキョロと教室や特別教室の隅々、果てはゴミ箱、焼却炉までもを覗いている。



――学校にはないんかな



諦めがついたかと思うが否や、履いていたスリッパを職員室に返しに行く。

その際、若い、女の教育実習生に笑顔で話し掛けられた。



「どうしたの?もうとっくに下校時間は過ぎてるわよ?」



とっさに声が出なくなった。

ヒトに喋りかけられたのが久しかったからだろうか。



どうかした?

どうかしたも何も、今朝は靴箱に上履きがなく、探し回った結果、下足室側の傘立ての下に隠されてた上、散々罵られた落書き付きで発見されたのだ。

なんとか担任の先生に事情を説明して、スリッパを借りれたが、帰りのホームルームの際、その先生は少年の名を伏せて、「上靴が〜」と、とにかくそういう事はしないように、と、注意した。

その間、クラスメートの男子生徒数人が少年を見ながら、クスクスと嘲笑していた事を彼は気付いている。


さらにだ。

掃除当番の為に、只でさえ帰りが遅れるのに、黒板を消している間に、ランドセルが消えていた。


またか、と内心呆れたのも事実。

当の昔に、悲しくて泣いたこともあったが、今やもう慣れてしまっている。


しかし、朝の上履きはともかく、放課後まで、嫌々他人を巻き込んではいけない、と少年は思い、その実習生に力ない笑顔で首を横に振った。


彼女は微笑み、少年の頭を一撫でして「早く帰りなさいよ」と、彼の目的であったスリッパ返却までもついでにしてくれて、そのまま職員室に入っていった。



――今日は早く帰れたらいいなー


と、少年が校庭を抜けながら考えていると、窓に面した職員室の中の様子がよく見える。

さっきの実習生が2・3人の教師群に囲まれていた。


なんとなく、自分について何か吹き込んでいるんだろうな、と勘が働いた。



泣く事はなくなったけれども、悔しくて悲しくて、胸が締め付けられる事だけは、今も昔も将来も変わりないだろう。
鳴く練習を積んだ方が良いと思われるカラスが「アホー」とヘタクソな泣き声を挙げて夕方の紅い空を飛んでいた。


所詮は小学生のやる事だ。

祖父の修行なんかよりも捻くれた場所に隠してはいないだろう。


修行といえば、このロスした時間分、修行時間も半端無いものになってしまうなー、と思い、少年は短距離走スタート時の格好をした。

ならば、せめて、ランニング位は早めに終らしておこう、と考えたからである。




「麻倉選手ー、ラインに立ちました。レディーゴゥッ!!」



やはり、家系的なものだろうか、第六感が妙に良い。

今まで隠されたものはほとんどそれで探し当てていた。

今回もそれに頼るつもりである。

だから、何となく、その日は近くの山へ向かって走って行った。



麓(ふもと)近くにある社に着いたところで、麻倉少年は奇妙なことに気が付いた。


よく人を嘲笑ってくる男子生徒のひとりがいつものように被っている帽子が落ちていた。

大変気に入っているらしく、毎日毎日被っている上、人が触っただけで怒ってくるような奴なのに、落として、そのままにする様な事があるのだろうか。


とにかく、葉にとってはソレは探し物の為のヒントとなっている事は否定出来ない。


やっぱり山のどこかにあるんだろうな、とその方向へ歩を進めた。



「・・・こら」



社から声がした。

能力があるので、別にビビった訳ではない。

驚いたのはただ、社だというのに、神霊的な声ではなく、正しく、生身の人間のものだったからだ。

社の扉が開き、某ホラー映画を思い起こさせるような長い黒髪がニュッと出てきた。




「神様にちゃんと参らないなんてさあ・・・君、本当に麻倉の子?」



掻き揚げた前髪の下に自分とそっくりな少年の顔があった。

ひゅう、と風が吹き、出てきた少年の長髪と長いマントを遊ばせた。

「・・・!誰だお前・・・!!」


反射的に少年は式神召還印を組むだけ組んだ。

実行するのは彼の正体が分ってからだ。

『麻倉』と分っていながら話しかけた。

祖父達曰く、それは同類の身か、あるいはそれ故の敵である、と少年は言い聞かされていた。



「何なんよ、お前・・・」


「え?社から出てきたのに分んないの?」


「・・・神様?」


「惜しい。30点。」




彼は何時の間にか、少年の目の前に詰まっていた。



「未来王。」



「・・・・・・は?」



怪訝な声どころか、それは表情にも表れていた。

――頭、大丈夫か?


「お前、名前なんて言うの?」

「よ、葉・・・」


うっかり答えてしまった。

葉がしまった、という顔をしたのと自称未来王がふーん、と呟いたのはほとんど同時だった。



「へぇ、割合、良い名前じゃん。」

「・・・どういう意味なんよ」



葉がそう言い終わるや否や、自称未来王少年は彼の手を掴み走り出した。



「!?なん・・・!!?」

「手伝ってやるよ。一人より二人の方が早いだろ?」



葉にはまた面食らった、という思考が表情に表れた。

考えてることが、コイツ分ってやがる。



「・・・なんで分ったんよ・・・!?」

「ん?神だから。」




なんちゃって、と少年は舌を出して微笑んだ。

その笑顔に葉が一瞬引き込まれたのは否定の仕様がないだろう。</

少年は葉を引っ張って、ぐんぐん走って行った。

まるで最初から隠し場所が分かっているかのように。

川の上流まで連れて行かれ、流石の葉も息を切らしていた。


「おま…足速ぇ…」

「まさに神童☆」


少年はフフフ・・・と自慢気にキマッタとでも言いたいのかと思うポーズを取った。

そんな彼をほぼ無視し、近くにあった大き目の岩にもたれ掛かる。

すると、葉は何か、背後に岩ではないものの気配のようなモノがした。


「あ」


あった。

挟まって岩間は暗いが、それは確かに黒いランドセル。


「届きそう?」

「…分かんねえ」


精一杯腕を伸ばす。

ゴツゴツとした、岩肌が少し素肌に傷を付けた。


「よしっ」


紐を掴んで勢い良く引っ張り出したそれは、その際の岩との摩擦のせいか、黒いはずの色が所々白っぽく剥げていた。


「うわー、ボロボロだね。」

「こんなん使えればいいんよ。」


男前〜、と感心する少年を横に、葉は中身を確認した。

減らされてはいないそれらには あさくらよう と汚い字が走っていた。


「見つかった〜」


よかったぁ、と心の底から思った。




 成長出来てないな、
  人間ってヤツは・・・




「…お前、なんか言ったか?」

「ん? いいや。」


葉が尋ねると、少年は肩をすくめて微笑んだ。

その表情はどうも葉の腑に落ちない。

凝視されると少年は困ったように笑って葉の背に手を回して軽く、あやすように優しく叩いた。

「な・・・っ!?」


家族以外にはされた事のないスキンシップに葉は驚きを隠せなかった。

その「驚き」には「嬉しい」という気持があったのも確かだ。


「感情を、『悲しい』ってコトを表現出来ないコト程、本当に悲しいことはないんだよ。 表情が乏しくなるのはつまらない人生と比例すると思うけど?」


悟ってんのか、と思わず思ってしまった。
それでも、


「笑って、怒って、楽しんで、…コロコロ表情変えて、まだ子供なんだし。 だったら、今の葉は泣くべきだよ。」


それでも胸が締め付けられたように感じた。
音にするなら「キュゥッ」とでも言うところだろうか。

いろんな、名が当てはまらないような感情が混じり合って、葉の瞳を濡らす。

少年の暖かい手が、それに拍車をかけて、葉が泣き出してしまうにはそう時間は掛からなかった。


しかし、その涙には「悲しみ」以外の感情も確かにあっただろう。












「・・・サンキュ。・・・なんか、悪い気もせんではないが…スッキリした。」


ずっ、と泣き腫らした目は伏せがちで、鼻をすすりながらも、葉は少年に礼を言った。


「まったくだよねー。あーぁ。マントに鼻水付いちゃった。」


少年がこれ見よがしにその周辺を摘まんで葉に情を訴えかけた。


「・・・スマン。」

「冗談だよ。」


少年が、笑った。

空を見上げれば、月も笑っている。ように見える。


「オイラ帰るな。あんま遅くなると母ちゃんに心配かけちまう。」


ありがとな、と葉が笑った。

そのまま帰るのかと少年にもそう思えたが、葉は何かが心残りなのか、もう一度振り返った。


「…また、お前に会えるか?」


少年は目をパチクリとした。
予想外の出来事だったらしい。

彼もまた、嬉しそうに、しかしどこか困ったように笑っていた。

「僕達が、自分を磨くことを忘れないなら。」


どういう意味だ?
おそらく葉の表情にはその言葉がありありと刻まれていたはずだ。


「向上心…それさえあれば、きっと、嫌でもまた会えるよ。」

「オイラ・・・お前に会うの、嫌じゃねえぞ。」


ありがと、と少年は笑った。


「大丈夫。思っている以上に努力ってのは無駄にはならないよ。」


そう言い残して、少年は姿を消した。
と思った。

しかし、「消えた」のはどうやら葉の方らしい。

奇妙な感覚に襲われ、気が付けば麻倉敷地内。


「・・・お?」

「葉?遅かったわね、どうしたの?」

「ランドセル…」


周りを見回しても特に変わりはない。
月はまだ、同じように笑っている。

母・茎子は安心したような表情を浮かべ、葉を抱きしめた。


少年も、たしか、こんなコンジだったよな、と脳裏に走る。


「さあ、たまおが手伝ってくれたから、今日のゴハンは美味しいわよ。」


母は葉の手を握って家に上がった。

すぐさま夕飯の待つ部屋に行こうとしたが、葉が急に立ち止まってしまった。


テレビが、点いている。





そこには葉の通っている小学校名と同じクラスの少年の名前と年齢。


―少年は原因不明の衣服への着火で、近くにいた子供たちの助けにより、病院へ運ばれましたが、意識不明の、体皮の30%が第三度火傷の重体・・・





キャスターが淡々と述べることが嘘のようだった。

その名はたしかに、帰りまで葉を嘲笑っていた奴等の先頭にいた少年で。


たしかに、山の麓のあたりには、彼の帽子が落ちていた。


あんなところで原因不明の着火?


「・・・あれ?」


葉がなるべくそのニュースを見ないようにしようと茎子はしていたのだろう。

しかし、気が動転し過ぎていたようだ。

葉の表情を心配そうに見ている。


「…オイラ…帰ってくる前まで何してたんだ?」


茎子は息子のショックが大きいと判断したのだろうか、こう返した。


「過去には拘らないの。さあ、夕食にしましょう?」


うーん、と葉は一瞬頭を捻ったが、あっさりとそれをやめた。

 まあ、いっか

そう、思ってしまったから。



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