ツンハムッ Dualside

簡単に言うならば、それはキョドっていた。
「………」
フニャっとした帽子と丸型のサングラスをかけた少女は、物影に隠れながら移動していた。
 本人としては変装のつもりなのだろうが、遠くからでも目立つ銀色の長い髪が否応なしに目を引いてしまう。
「……」
ささっ、と木陰や自販機の陰に隠れては何かを探して辺りを見る。それがないと分かると、また移動。
もう少し見ていたい気もしたが、善良な生徒が警備員さんを呼びかねない。そんな事態になれば、本人も保護者も迷惑だろうし。
そろそろと、その不振者に近寄り。
「もしもし」
「ひゃっ!」
声をかけられてびっくりしたのだろう。慌てて駆け出そうとして盛大に転倒。
拍子に帽子とサングラスが外れ、本人だと確定するに至った。
「すまない。大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。ちょっとだけびっくりして…」
頭でも打ったのか。後頭部を摩りながら、少女は声をかけた人物――すなわち俺を見た。
 その顔が、どこか安堵したものになる。
「あ、確か。聖の…」
「時枝燈呂。燈呂で良いよ、つばさ」
とはいえ、いつまでも地べたに座らせておくわけにもいかず。さっと手を差し出す。
「立てる?」
「はい」
俺の手を借り――ずに、彼女は立ち上がった。着ていたシャツとジーンズに汚れはないかチェックしながらである。
「どうしたんだ?わざわざこんな所へ来て」
そう。ここは俺と聖の大学の中庭であり。部外者が訪れても問題はないが、この場所に居なさそうな人物だからな。
「さては御堂の奴を訪ねにきたなー。かいがいしいね、まったく。うちの二人とは大違いだぜ」
勿論、あの二人である。事あるごとに喧嘩や口論をするマイペット二人。
「いいえ。そうではないんです」
しかし。つばさの口からは、否定の言葉が出てきた。



 午前中の食堂は閑散としていた。昼になると生徒でごった返すが、今の時間帯だと遅めの朝食を取る生徒しかいない。
 俺も例に漏れず、ヒレカツ定食で遅めの朝食を。つばさにはデザートコーナーにあるティラミスを奢ることにした。
「大学を見てみたい?」
ついでに挙動不審な理由について聞いてみると。思わずヒレカツの切り身を落としそうになるくらいに呆気ない答えだった。ただ。
「はい。どうしても一度見ておきたくて」
その目は真剣そのものだ。さっきまで食べていたティラミスに手を付けずに、つばさは答えた。
「なんでまた」
「聖がたまに話してくれるんです。自分の大学での講義とか、面白い教授のお話とか。そういったモノがあるのは、どんな所なのだろう――って」
最近聖に似てしまって、色々なものに興味津々なんですね。とつばさは続けた。
「ほぅ…何なら聖に案内してもらえばよかったんじゃないか?」
聖のことだ。二つ返事くらいでやってくれるはずだろうに。
「いいえ。私が一緒にいたらお邪魔になるだけです。聖の生活を害してまで、私は付き合って欲しいとは思いません」
ああ。何と言う主愛。御堂聖至上主義というべきなのか。ただ。
「案外、迷惑じゃないかもしれないぜ?」
「えっ?」
きょとんとするつばさ。まあ、俺は御堂じゃないから分からないけど。
「つばさが、御堂を大切に想うように、御堂もつばさを大切に想ってるんじゃないか? だから、つばさが我慢して一人で此処に来なくても良かったんじゃないかと俺は思う」
と諭しながら。つばさの死角で、携帯電話を叩く俺。
「で、ですが…」
「つばさは御堂に遠慮し過ぎなんだろ。アイツも言ってたぜ。『もっと自分に甘えて欲しい』って」
互いのペットの話になって、御堂がこぼした言葉だった。
 控えめなつばさは、御堂に全てを語らない。妥協するところは妥協して、一歩引いてしまう所がある。それが分かるからこそもどかしい、というのが御堂の弁だ。
「聖が、そんな事を…」
 ある意味ショックを受けたらしい。
「だから、もーちょい御堂に甘えてみたらどうだろ?」
『燈呂。冗談でもこんなメール出さないでくれる?』
食堂の入口から入ってつかつかとやってきたのは級友の御堂聖。
「いやいや。至極真っ当なメールだぜ?」
「つばさがわざわざ学校に来るなんてこと…」
と、聖の目線が俺の隣にズレ。
「……」
こう。開いた口が塞がらない状態になって。そうさせた本人は、ティラミスを食べながら、御堂を上目遣いで見つめていた。



「言ってくれたら案内したのに」
何故つばさが大学にいたのか。理由を聞いての聖の反応は、俺の見立て通りだった。
「で、でも。迷惑になりませんか?」
確かに大学の学生ではないが、そうでないからといって摘み出されるわけでもない。
「むしろ喜んで案内するよ。つばさが外界に興味を持ってくれただけでも、凄く嬉しいから」
「あきら…」
何だろーね。この識別不能フィールド。もう俺は蚊帳の外だなぁ。
「さて。そろそろ俺は昼の講義に出てくるわ。つばさのエスコートは、彼氏に任せるとして」
 馬に蹴られて死にたくないし。邪魔するのも悪いしな。
「そうだね。午後からは一緒に回ろうか。つばさ」
「はい……ありがとうございます。燈呂さん」
「ああ。それじゃ…」
と立ち去ろうとして。
「………燈呂。つばさに変な事してないよね?」
ドドドドド…と鬼気迫る勢いの御堂がそこにいた。
「してないぞ。他人の女に手え出す程落ちぶれちゃいねーからな」
やばいな。背中に変な汗かきそう。
「勿論、燈呂のことは信じてるよ。ただ、何かあったら……ブッコロスゾ、コノヤロウ」
 と笑いながら、御堂は言った。
背中の悪寒が重圧に変わる。そこにいたのはムードメイカーなどではない。
「………」
つばさも怯えている。ああ、普段と同じ表情なのに怖いです。はい。
「何も無かったって。それじゃ、また明日」
講義の関係で、俺は午後から連チャン。御堂は午前中連チャン。バトンタッチにはちょうどいい。
そそくさと逃げ出すように食堂を後にした俺。
「つばさか――可愛かったなあ、ホント」
『ふーん。どの辺りが?』
「それは、ほら。おしとやかな所とか。相手を立ててくれる精神とか」
『……それなら、ネズミを除いたあなたの同居人も持っているはずですが』
「いや、でもな。ああいうドジる姿もまたギャップがあって…」
そこで気付く。俺は今、誰と会話しているんだ…?
「小蒔。聞いた?燈呂は、おしとやかで相手を立てて、ドジを踏む女の子が好みですって」
「……聞いたわ。燈呂の好みなら合わせられるように努力する。でもね、シャルロット」
「あたしたちが有りながら、他の女の子に靡くのはどうなのよ、って話」
「(こくこく)」
変な汗が大量に吹き出る。これはマズイと本能が告げる。
「さ。色々と聞いてあげるわ。講義の最中にも。隣の席でね」
「……早く行かないと遅刻するわ、燈呂」
「いや。ちょっと用事あるから…」
 一目散に逃げようとした手前。
「……フィッシュ」
 フードを掴まれ、万事休す。
そのままズルズルと小蒔とシャルロットに引きずられていく。

――講義中に質問責めにあったのは言うまでもない。
教訓。不審者には声をかけないようにしましょう。

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