ツンハムッ Dualside side:B

「はい、聖。鞄です」
つばさが抱えていた鞄を受け取る。アパートを出ると陽射しが眩しい。今日は快晴だ。
立地条件で、大学までは緩やかな坂を上る。
その途中、見覚えのある人を見掛け、声を掛けた。
「おはようございます、佐伯教授」
「少年か、おはよう」
本名、佐伯雅人。大学の客員教授である。本職は、敏腕弁護士らしく、そのため日本中を飛び回っているとか。
合間を縫って、ウチの大学で講義を行う為、休講や補講が多い。スケジュール通りに進まない事が多々あるが、看板教授を手放したくないのか大学側からのお咎めはないようだ。
「教授。本日の講義は何処まで進む予定でしょうか」
「教員に講義の進度を問うとは、ナンセンスだな!」
一々台詞に芝居が掛かっているのは癖のようなものらしい。ちなみに僕の事は、未だ少年のままだ。
「失礼。何とか中間考査までには間に合わせるようにはするさ」
「もし間に合わなかったら?」
「そんな道理!私の無理でこじ開ける!!」
力押しで何とかするのだろうか。少しばかり不安は残るが、教授本人が何とかすると明言しているのだから、何とかなるのかもしれない。
単位だけは落ちませんよーに。



 キャンパス内、掲示板には本日の講義の変更やお知らせ等が張り出されている。
「おい、ルルーシュ。私は空腹だ」
 と、ドイツ語で文句を言う女性がいた。
「黙れ、魔女め。次の講義が終われば食堂で食わせてやる」
 と、流暢な日本語であしらう男性がいた。
「ダメだ。今すぐに私は食事を取りたい」
「却下だ。俺はこれから講義がある、終わるまで待て」
「まったく、人間とは難儀なものだな。仕事に従事せねば、食事にもありつけん」
「毎日ピザばかり食べてるお前に言われる筋合いはない!この魔女(ゴクツブシ)め」
「いいのか、ルルーシュ。私の協力無しでは今の地位を築けなかったのだぞ」
「何が言いたい?」
「今すぐ此処で契約を切るか?という話だよ」
「くっ……用件は何だ」
「最初から言っているだろう、私の空腹を満たせと」
「不本意だが、仕方あるまい……今から休講の手続きを行う。それが終われば、何処へなりと連れて行ってやる!」
 見事な夫婦漫才(?)を繰り広げた二人の内、一人はツカツカと教学部のある棟へと移動していった。
「お前、ルルーシュの講義の受講生か?」
 見付かってしまったらしい。鮮やかな新緑色の髪をした女性が面白そうに問い掛けてきた。
 驚くべきは言葉が日本語であり。とても外国人とは思えない程綺麗な日本語だった。
「あ、はい」
「大変だろう、あの堅物の講義は」
「そんなことは…」
 受講している手前、大変だとは言えない。雑談も入って面白くはあるけど。
「もう少し柔軟な思考があれば、楽しめそうなものだが…所詮、童貞ボウヤには無理な話かもしれんな」
「どっ…」
 さらっと何か凄い事を言ってのけている気がした。女性はニヤリと微笑みながら。
「何だ?既に卒業したお前には関係ない話だろう?……ルルーシュは……卒業しても変わらないな。まったく」
「はぁ…えっ?」
 今、この人は何を言ったんだ。
「おっと。当て推量だったのだが、正解か。何にせよ忘れてくれ」
「貴女は…」
「名前などとっくの昔に忘れてしまった、ただの女だ」
 そうこうしている内に、教授が帰ってきた。
「行くぞ、魔女め……何だ、二回生の御堂か」
「はい、おはようございます」
 ルルーシュ・ペンドラゴン。大学の言語学教授である。若くして博士号を取得、そのルックスと言語理解の高さから人気もある教授だ。
 両親はおらず、ただ一人の肉親である妹さんと二人暮らしだとか。
「調度良かった。急用が入ってな、今日の講義は休講だ。皆にも伝えておいてくれ」
「分かりました」
「補講の日取りは後日。残りの講義はしっかり受けるんだぞ」
「勉学に励めよ、ぼーや」
二人組は、何処かへと歩いて行った。
「しかし…」
午前中の講義が無くなって、暇を持て余す結果になってしまったのは言うまでもなく。
「これからどうしようか…」



「……ダメ、分からない」
「何よ、此処まで来て分かりませんでした、で済む訳ないでしょ!」
「……不特定多数の匂いの中から、燈呂を見つけ出すのは難しいもの」
そんな会話が聞こえてきた。声のする方に向かう。
「ただついてくるだけのネズミには、分からないでしょうけど」
「なんですってぇ!?」
「小蒔と、シャルロット?何してるの?」
「え、あっ、御堂さん」
金色と黒が翻る。驚いたような二人の顔があった。
「いや、その、これは…」
「……こんな時、どんな顔をしたらいいか分からないの」
 しどろもどろする二人。
「笑えば良いと思うよ……でも、どうしてこんな所に?」
「べ、別に大学に興味があったわけじゃなくて…」
「……燈呂に悪い虫が付かないか、それを見に来ただけ」
「なるほど。幸せ者だね、燈呂は」
心配してもらえたり、わざわざ大学まで赴いたり。ふと、同居人の顔が浮かんだけれど、彼女にそこまでの行動力はない、と思う。
「御堂さん、燈呂の学校での生活はどうですか?」
シャルロットは興味深々に聞いてくる。小蒔もコクコクと頷いた。
「そうだね…四六時中同じ講義を受けてるわけじゃないけど……」
『それでもーひとーつのーあいのかたちーをーさがすー♪』
携帯の着信音が鳴り響いた。
「失礼。メールみたいだ」
取り出してメール画面を開く。
 驚愕した。有り得ない文章に。
『HIRO.T>つばさが来てる。今、食堂に』



食堂前についた。二人は中に入らないという。
「あたし達は外で待ってるから」
「……燈呂を驚かせたいし」
とのことで。僕一人で向かう事にした。
食堂内は閑散としており、すぐに燈呂を見付ける事ができた。
「燈呂。冗談でもこんなメール出さないでくれる?」
当の本人はしれっと。
「いやいや。至極真っ当なメールだぜ?」
「つばさがわざわざ学校に来るなんてこと…」
そこまで言いかけてフリーズした。そこには、見間違う事のない少女の姿があった。
「……」
上目使いにティラミスを食べるつばさと遭遇した。何処かおっかなびっくり感のある表情だった。



「ごめんなさい、聖。私、どうしても学校を見てみたくて…」
「言ってくれたら案内したのに」
「で、でも。迷惑になりませんか?」
「むしろ喜んで案内するよ。つばさが外界に興味を持ってくれただけでも嬉しいから」
「あきら…」
しょぼくれたり、喜んだり。百面相なつばさの表情は見ていても飽きない。大切な人だから、益々愛おしくなる。
「ああ。それじゃ…」
燈呂が食堂を抜け出す直前。
「………燈呂。つばさに変な事してないよね?」
確認を取ると燈呂は怯えていた。何故だろうか。
「午後から何もないし。案内するよ、つばさ」
手を差し出す。彼女は静々と手を握った。
「はい…!」
その存在を、きっと僕は忘れる事はないだろう。



「……若い事は良い事だな、ルルーシュ」
そんな彼らのやり取りを聞いている二人が居た。
「ああ、お前とは違って素直だからな。可愛いげがあって良いじゃないか」
「…私では不満か?」
パーティー用のピザを平らげながら、女は語る。若干眉を寄せながら。
「不満はない。不満はないが…」
「歯切れの悪い言い方だな」
 残り2切れになったピザをぱくつく。ルルーシュとは顔を合わせようともしない。
「……キャロル、こっちを向け」
「何だ、ルルーシ……」
振り返った瞬間。その唇が重なった。
「ん……」
「……なんだ、可愛いげはまだ残っているな」
 ぱっと女を開放するルルーシュ。
「……大胆だな、ルルーシュ」
「誰も見て居ないさ、こんな状況」
 動じないキャロルと、普段通りに振る舞うルルーシュ。
しっかりと配給係の皆さんは見ていたりするのだが、生憎背を向けていたので二人は気付くはずもない。
「まあいい。今日は少しばかり火が付きそうだ。帰ったら相手をしてもらうぞ」
「そうでなくては困る。何の為にリスクを背負ったか分からなくなるからな」
ニヤリと唇を歪め、二人共笑った。



「カレンさん!豆腐ハンバーグ一つー」
「はい、ただいま」
そんな二人の姿を何処か羨ましそうに見つめる配給係の女性。
「今日も綺麗だね、カレンさん」
「おだてても何も出ないよ、豆腐ハンバーグどうぞ」
学生と談笑しながら、カウンターの奥で笑う女性もまた。この数奇な運命に弄ばれる事になる。

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ