ツンハムッ inside!

「ふむ……よく撮れているな」
「ん? 何が?」
「ああ、この間の温泉旅行の時の写真だ。ほら」
「どれどれ……あ〜、こんなん撮ったな。御堂に時枝、シャルロットたちも」
「そうだろう? よく撮れているだろう?」
「? ああ」
「ところで……今度はこれを見てくれ。こいつをどう思う?」
「………………すごく……陽性です………」




ツンハムッ inside!




「という事で、見事孕んだわけだが」

 そういうミズが弄んでいるのは、妊娠検査薬。それが陽性だという事は、つまりは、まあ、ミズは妊娠したというわけだ、うん。

「そっか……」

 つい、とミズの下腹部に視線を走らせて見るも、もちろん見た目で変化はない。でもその奥、子宮の中に、命が宿っているのだと思うと……。

「……いや、やっぱり実感はすぐにはわかないな」
「私は体調の変化があったからな。生理がなくなったのは特に顕著だ」

 あの苦痛を味わわなくていいのだからな、というあたり、相当苦手だったんだろう。
 しかし、男というのは無責任なものだなぁと思わんでもない。共同生活の中で、父親としての自覚を育むようにしないといけないかな、これは。
 と、そんな事を思っていると。

「しかしまあ、実感はこれから感じる事になるだろうさ」
「そんなもんかな?」
「当然。なんせ……」

 にこり、と笑ってるのはいいけれど、これは少し意地悪な笑いだと知っている。

「安定期にはいるまで、性行為はお預けだからな」
「――!!!」


 そ の 考 え は な か っ た ! ! !


 今まで幾度も幾度も身体を重ねてきたわけだけれど、出来たら出来なくなるのは当たり前ぢゃん! 子を宿す事は確かに目的の一つではあったけど、それを抜きにして俺はこいつに溺れてるというのに、ここへ来てお預け!

「……いや、そんな悲壮な表情を見せられるとは思っていなかったな。何故だろう……無事に孕めた事は嬉しいのに、どこか申し訳ないような気がしてきた」
「……はっ!? あ、ああいや、あまりの衝撃にフリーズしただけだ。大丈夫、我慢できるぞ。多分、きっと、恐らく、めいびー」
「それはそれで複雑だが……まあヤりようは色々あるからな、欲求不満にはさせんつもりだよ」
「それはありがたい。正直、今更お前抜きとかは――ッ、いや、まあ、楽しみにしてるよ」
「……ふふっ、不器用な奴め」
「……うっせ」
「ふふ、そう拗ねるな。私は、そんなお前が大好きだよ」

 ……ああ。俺もだよ。だから……悩ましいんだ。今更だけどな。迷いはしないけど、悩むものは悩むんだよ、ちくせう。

 

 その後、きちんと病院に行き(闇医者だからきちんとなのかは微妙だが)、正確に妊娠している事が判明。産むのかとの問いに、二人して「愚問だ」と答えてやった。ざまあみろ(?)。

 ……闇医者。そう、今まではあまり問題になってこなかったけど、ミズにはまず戸籍がない。当然保険もない。後ろ暗い事は何一つないが、それでも背景がややこしいのは事実なので、念のためというやつだった。
産まれて来る子供の事を考えると……ちょっとアレな手段だが、戸籍の購入もしておいた方がいいだろう。幸いにして資金は潤沢にある。二人とも、出来うる全てをやるつもりだ。



「拝啓、新春の頃、いかがお過ごしでしょうか、と……」

 つらつらと手紙に文章を書き連ねたり。出来た写真を旅先で会った友人とその恋人たちに贈るためだ。

「しかし、なんとも硬い文になっちまうなぁ」

 普段レポートやら輪文とかしか書かないもんだから、文体が堅苦しくてしょうがない。
 と、書いては消し書いては消しを繰り返していると、ミズがひょいと覗き込んできた。

「ふむ……いや、今回はこれでいいだろうさ。この文面でさらりと報告されたら、一体どういう反応を示すのか。いやいや、燈呂と聖には苦労を掛けるなぁ」

 くつくつと意地悪く笑うミズ姐さん、旅先で出会った彼らをえらく気に入ったようで、親愛の証として、こういった些細な意地悪を仕掛けるのが最近の趣味。タチ悪いったらありゃしないなあおい。
 ……手紙と写真に追加して、栄養ドリンクでも贈ってやろうかな……、だなんて考える俺もタチはよくないが。ニヨニヨ。



「しかし、まあ……」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。ふふっ」
 
 ペンを握る俺の右手を包み込んで、ミズ。柔らかな、今の季節に相応しい笑みを浮かべて。素っ気無くて優しくも冷たくもない、この世界に向けて、私は幸せだと声なき声で高らかに。
 それに応えて、俺は空いた左手でミズの下腹部、命芽吹くその場所を感じ取るように撫でさする。


 ――さあ、俺たちは待ってるぞ。
 この世界は、素っ気無くて味気なくて、優しくも冷たくもないけれど。きっと悲しい事がたくさん待っているだろうけれど。
 俺たちが彩ってあげるから、優しさも冷たさも、痛みも悲しみも、それを埋めるナニカを見つける力を、精一杯伝えてあげるから。

 だから、安心して産まれておいで。
 
 

 母の顔を、声を、温もりを、せめて色褪せぬ記憶へと遺してあげたいから。

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