パラレル

□さよなら、先生
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ねぇ神様、どうしてあたしを生徒にしたの?

10年早く生まれていれば先生と高校生活を送れたのに

教師と生徒
その肩書きが何よりも辛い

そう思って過ごしてきた2年間

でもね、今ならわかる気がする
先生のおかげであたしは目指すものが出来たから


あなたと初めて出会ったのは、新学期が始まる前
2年になって初めての練習の日
あの日のことは鮮明に覚えている

誰もいない体育館
スーツ姿でボールを手にしている人物
顧問の先生が変わることは聞いていたから、もしかして、と思ったけれど
その人が軽く放ったシュートは綺麗だった
言葉にならないくらいの衝撃を受けた

あたしに気付き、バスケ部?と尋ねられ頷いたあたしに、あなたは笑顔でこう言った


「新学期からよろしくな」


その瞬間からあたしはあなたしか見えなかった

ずっと想い続けてきたけれど、この気持ちは伝えていない

あたしが生徒である以上、応えてくれないことは分かっているから

だから2年間、待ったんだよ


卒業式が終わった後の体育館は静けさを取り戻していて
そんな中スーツでシュートを打つ後ろ姿が

それは2年前、あなたと出会った時と同じ光景

「よう。まだ帰ってなかったのか?」

あの時と同じようにあたしに気付いた先生は声を掛ける

「先生に、言いたいことがあったから」

「もう卒業の挨拶なら聞いたぞ」

「ねぇ先生?初めて会った時も今日と同じだったの覚えてる?」

「そうだったか?」

「2年前も此処でシュートしてたよ。異動してきたばっかりで、スーツで動きにくいのに軽々とシュート決めてさ」

「ちょっと時間空いて暇だったんだよ」

「あの時から、先生みたいなシュートしたくて、苦手だったのに練習したんだよ」

「確かにあの頃は下手だったよな」

「ひっどーい!」

先生のボールを取り、ゴールに向かってシュートする
スパッと気持ちよく決まり、得意げに先生にピースする

「ほら、上達したでしょ?」

「ああ、お前はよく頑張ったよ」

先生は試合で勝った時に見せる満足そうな表情で言う
その一言で2年間の思いが溢れ出す

部活の後に残って毎日自主練したこと
先生もよく付き合って熱心に教えてくれたこと
引退の時、涙が止まらないあたしを今と同じ言葉で認めてくれたこと

すごく嬉しかったんだ


ねぇ先生
きっと先生は喜んでくれないけど
ただ困らせるだけかもしれないけど

最後のわがまま聞いてくれる?


「ごめん先生。先生みたいに上手くなりたくてって言ったけど、本当は違う。先生に近づきたかったから」

先生は何も言わずに転がったボールを拾ってまたシュートを打つ

「他の部員の誰よりも上手くなって、先生に褒めて欲しかったからだよ」

「お前の頑張りは認めるよ」


『頑張りだけは』
そう強調しているように聞こえた

わかってる
先生が私の気持ちに応えてはくれないことは

「ねぇ先生、あたしの気持ち気付いてるよね?」

「あぁ。お前は正直だからな」

全然隠しきれてねぇよ、と先生は笑う
そんなにバレバレだったのかと思うと恥ずかしいけれど

「今日で卒業したよ?明日から先生と生徒じゃなくなるよ?それでも、ダメ?」

答えはわかってるけれど
どうしても伝えたくて


「卒業しても、お前はオレの大事な生徒だ。関係に変わりはない」

真っ直ぐあたしを見つめて、珍しく真剣な表情で予想通りの答えをくれる先生

「あーあ、先生って軽くて適当なのに、そういうとこは真面目なんだ。つまんな〜い」

「はは、真面目ねぇ」

口ではそう言ってみるけど、適当にはぐらかしたり、変に期待させるようなことを言われるよりもずっといい
これが先生の優しさだということはちゃんとわかってる

「あーあ。10年前に生まれたかったな。そうしたら先生と同じ高校生活を送れたのに。先生じゃなければちゃんと女として見てくれたでしょう?」

「そうだな。お前は素直で可愛いし、明るいし、教師じゃなかったら好きになってたかもしんねぇな」

「…ホント?」

先生の可愛いという一言でこんなにも喜んでしまう自分は単純だと思うけれど

「あぁ。でも、たぶん10年前に生まれてたらお前はオレのことなんて何とも思わねぇはずだぜ」

「どうして?」

「オレ、高校の時ロン毛で前歯なかったからな」

そんなヤツ嫌だろ?とまるで他人事のように先生は笑う

「…えぇっ?!」

「ケンカばっかしててさ。歯は治したけど、ほら、ここに傷残ってるだろ」

顎を指さす先生
確かに薄く何針か縫ったような跡が残っている

「え、だって先生インターハイの写真見せてくれたじゃん」

そう、過去の集合写真を見せてもらったことがある
確かにちょこっと悪そうだったけど、髪は短くて、今より若くてすごくカッコよかったと思ったのに

「3年の時にバスケ部戻ったんだ。それまでは散々やっててよく卒業できたと思うぜ。しかも今は真面目な教師だもんな。当時の仲間は信じらんねぇんじゃねぇ?」

「…あたしもびっくりだよ。でも元ヤンて噂あったの、本当だったんだ」

他の生徒から聞かれる度に、インターハイに行くほどバスケ頑張ってたんだから違うと否定してきたのに

「オレはお前が生徒でよかった。同級生じゃ気付けないとこいっぱい見れたしな」

「え?」

「バスケはもちろん、キャプテンとしてチームをまとめようと頑張ってたし、引退してから猛勉強して受験組に追いついたこととか。ギリギリで志望校変えて担任困らせたり。でもちゃんと夢に向かって進んでるとことか。教師としてお前を見てきて気付けたからな」

ドキリとした
進路のことは先生には相談していないのに

「…志望校変えたの知ってたの?」

「そりゃ、勉強頑張ってるお前見てたら気付くさ」

どうしよう
部活の関係のない所でもあたしを見ていてくれたこと
すごく嬉しい

でも、こうなることをどこかで期待していたのかも
そう思うとズキンと心が痛む

「でも、頑張り始めたのは、先生に褒めてもらいたかったから。気に入られたくてやってたんだよ?」

好きな人のため、なんて我ながらよく言えたと思う
恥ずかしくて顔を上げられない

すると先生はポンと頭に手を乗せる
そっと顔を上げると先生は優しく微笑む

「バカだな。理由はどうあれ頑張ったのはお前だろ?自分自身のためになってんだから胸はって頑張ったって言えばいいんだって」

「先生…」

思わず涙が溢れる
褒められるために努力するなんておかしな話だけど
それでも認めてもらえたことが何よりも嬉しい

「でもそんな理由でここまで頑張れるわけねぇだろ?ちゃんと理由、出来てるじゃねぇか」

なんでも先生にはお見通しみたい
そう、最初は確かに先生に褒められたくて部活も勉強も努力してきたけれど
途中から何か違う感情が生まれたのは気付いていた

先生に教えてもらって、練習して
実践して失敗して怒られたり、成功して褒めてもらえたり
先生の経験を生かした指導が分かりやすいことを知ったから
後輩にアドバイスをして、成果が出て喜んでくれた笑顔を見て、教える喜びを知ったんだ

「だから、教育大学に変えたんだろ?」

溢れた涙が零れないように拭う

「あたし、教師になれるかな?」

「俺でもなれたんだから、お前なら大丈夫だ。頑張れよ」

先生のその一言があれば、何だってできる気がするよ
ありがとう
先生と出会えなかったら、夢も見つけられなかったかもしれない

「うん。やっぱりあたしも先生の生徒でよかったよ」

「…教師としてすげぇ嬉しい。サンキュ」

あたしの大好きな笑顔で先生は笑う
それだけで今は充分だ

「あ、先生。教師同士なら、恋愛はオッケーだよね?」

「さぁな」

「あたしすっごくいい女になる予定だから。振ったの後悔するよ?」

「おう、期待してる」



先生に出会って、恋をした2年間
報われなかったけれど、後悔はしていない

教師になって、戻ってくるから
同じ立場になった時、また考えさせてあげてもいいよ

とびきりいい女になるから覚悟しといてね


fin.
(2016.04.11)

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