真冬の恋

□冷たい手でもいいよ
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校舎から出ると、空気の冷たさが真冬を感じさせる



先輩は『さみー』と言いながらマフラーをぐるりと巻いて口元を覆い歩き出す
いつものようにポケットに手を突っ込んだのを見て、また少し寂しく思う



「…あいつらに何言われたんだよ?」

「え?」

「オレ達のこと聞かれたんだろ?」


彩子たちのことを気にしている先輩



「あ、えっと…どこまで進んだの?って」

「…やっぱりな」


同じこと聞きやがってあいつら、と先輩は口を尖らせる


「別にあいつらに心配されなくても、ちゃんと考えてるっつーの」

「?」

どういう意味かわからないままでいると、先輩は後ろを何度も振り返る


「どうしたんですか?」


するとその答えではなく、先輩からも疑問系の言葉が返ってくる


「手、寒くねぇか?」

「手?」


思いがけない言葉に戸惑いながら自分の手を見ると、寒さで指先が赤くなっている
冷えているのは一目瞭然


「もちろん寒い、ですけど…」


そう言い終わる直前
あたしの右手は寿先輩の大きな手に握られ、先輩のポケットへと吸い込まれた

一瞬の出来事で頭がついていかない
わかるのは、ほとんど感覚がわからないくらいに冷えきっていた手に暖かさを感じることだけ



「冷てぇな」


こちらを見ないようにして言う先輩だけど、耳は赤くて
これは照れ隠しなんだろうなと思うと、今までのことをやっと理解することができた


堪えきれなくてクスクスと笑うと先輩は『な、なんだよ?!』と少し焦ったような様子


「リョータ達がいないか確認してたんですか?」

「なっ…?」

そう聞くと『なんでわかるんだ』とでも言いたそうな先輩は驚いた表情を見せる


落ち着かない様子だったのはこれのせいだったみたい

照れ屋の先輩らしい

そして『手が寒くないか』なんて遠回しに確認までして手を繋いでくれる

本当に周りが思ってる三井先輩とあたしの前の寿先輩は同一人物と思えないほど


「う、うるせーな!あいつらに見つかったらまた色々言われて面倒くせーと思ったんだよ!」


相変わらず耳を真っ赤に染めた先輩
どんな理由をつけても可愛いとしか思えなくて
みんなに教えてあげたいくらい


考えてみたら、今までは一緒に帰っていてもリョータ達やバスケ部の子が近くにいた気がする

二人きりになれるチャンスを伺ってくれていたのかな

ちゃんとあたしのことを考えてくれていたのだと思うとますます嬉しくなる



「寿先輩って案外慎重派なんですね。きっとみんなびっくりしますよ」

「…悪いかよ?ってかみんなって誰だよ」


しまった、と思ってももう既に遅くて


「宮城たちか?」

「あ…とか、他の友達も。先輩はモテるし、慣れてるんだろうなって噂が…」


正直に伝えると、先輩は大きくため息を吐いた


「…ったく勝手に色々言いやがって。誰だよ、んなデマ流してんの」

「え?違うんですか?」


先輩は迷いながらも、チラリとこちらを見て『宮城たちには言うなよ』と念を押す


「オレはな、昔から男からだけなんだよ、慕われるのは」

「え?じゃあ…」

「…モテねぇし、こういうの慣れてもねぇよ」

あーカッコわりぃ、と付け足す先輩



本当は言いたくなかったかもしれない

ても、正直に話してくれたのが嬉しくて

そして自分と釣り合わないかもと心配していたから、少し身近に感じられて安心する


ポケットの中で先輩の手をきゅっと握り返すと、先輩はこちらを向いた

「ん?」

「よかった!寿先輩がとんでもない遊び人じゃなくって。あたしなんかすぐ飽きたって捨てられちゃうとこでしたよ」

「んなことするかよ。オレはちゃんと…」


言いかけた言葉を『しまった』という表情で慌てて飲み込む先輩


「え?ちゃんと何ですか?」

「な、何でもねぇよ」

「えー言ってくださいよ」

「言わねぇ」


それから頑なに拒否する先輩

自惚れかもしれないけれど、たぶん一番言って欲しい言葉を先輩は言ってくれるつもりだったはず

聞きたいけれど、とりあえず今日は我慢
この右手の暖かさを感じられただけで十分しあわせだから


照れ屋の先輩だから難しいかもしれないけれど
いつかその言葉を伝えてくれるといいなぁ





「これからあいつらに何か聞かれても答えなくていいからな」

「ふふ、はーい」


なんて、先輩は嫌がるかもしれないけど女の子はお喋りなんだから
彩子には隠し事は出来ないよね



でも、今日のことはしばらく内緒にしておこうかな

だって、せっかく恋人っぽくなれたんだもん
もう少しこのしあわせを二人だけで味わっておきたいから






fin.
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