コウノドリ長編

□五話
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病院とマンションの近くで女性を連れて行けるような洒落た店なんて知らない。
そもそもこの辺りの飲食店なんて居酒屋かファミリーレストランくらい。
結局、悩んだ挙げ句にいつも助産師達と来る豚足専門店に足を向けてしまった。



「すみません、豚足大丈夫ですか?」
「あ、ここ…同僚とたまに来ます」
「別なところの方が良かったかな…」
「ここくらい気安い方がいいですよー」



そう言って笑う彼女の笑顔に安堵した。

テーブル席についてメニューを開く。
今日はオンコールも外れていて完全な非番。
だからこそライブを入れていたのだけれども、今回は仕方がない。
彼女、お酒は飲めるのだろうか。



「高宮さん、お酒は大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫なんですけど…明日早く出るのでウーロン茶で」
「じゃあ…僕もウーロン茶かな。というかそれなら尚更ここじゃない方が良かったですね…すみません、気が効かなくて」
「いえいえ、気にしないでください。早く出勤って言っても仕事自体は9時からで、ちょっと準備したいことがあって早く行くだけなので」



とりあえず飲み物と何品か注文した後で少しの沈黙が流れる。
話題が何もない。
そういえば患者さんや病院関係者以外のほぼ初対面な人と話すのなんていつぶりだろうか。
参った、女性相手の仕事だが若い未婚女性に慣れている訳ではない。



「えーっと、お仕事はお忙しいんですか?」
「今はそうでもないですね、BABYのライブに行けるくらいには余裕あります」
「今は…」
「月末は書類の提出とか、行事の前は準備とかひたすらに忙しい時期はありますけど…今はどちらでもないので、比較的暇な方ではあります。
来月末は夏祭りがあるので…束の間の休憩時間です」



子ども達は可愛いし仕事は楽しいんですけど、大変なこともたくさんあります、と笑う彼女の笑顔はその苦労すらも楽しんでいるようだった。
そんな話をしている内に飲み物が届き、控えめにグラスを合わせる。
料理が運ばれてくれば、少しずつ会話も弾んでいく。
今日出産した加藤さんのこと
お互いの仕事のこと
彼女は保育士だが実はピアノが大の苦手だということ
他愛もない話を延々と続けた。



「鴻鳥さんは、」
「…サクラ、サクラでいいです」
「えっ?」
「あ、いや…ほら、僕の名字長いから」
「ふふっ、じゃあ…サクラさん?
あ、私も名前で大丈夫です、仕事中も名字の方を呼ばれることが少ないので名前で呼ばれる方がしっくり来るんです」
「じゃあ、桜月さん?」
「はい、サクラさん」



何だか新しいその響きがくすぐったくて、顔を見合わせて笑った。
あぁ、こんなに穏やかな時間を過ごすのはいつぶりだろう。



「そういえば、よく加藤さんの様子がおかしいって分かりましたね」
「あぁ……毎日お会いしてますからね、お子さんもお母さんも。
話し方で何となく、分かります。
お子さんを育てるのも仕事ですけど…お父さんお母さんの支援も大切な仕事なので」



産後のフォロー、という言葉はよく使うが彼女の仕事はその先にある、育児を支えている。

僕らは一人の母親と長くて一年。
不妊治療をすればまた別な話だが、妊娠から出産まではおよそ10ヶ月。
一ヶ月健診の後は大体が小児科に移る。

彼女の仕事は産後から。
育児休暇制度が充実してきたとはいえ、産後休暇明けで仕事に復帰する人も勿論いる。
そんなお母さん、お父さんを支えるのが彼女の仕事だという。



「大変、ですよね。仕事量も多いと聞きます」
「否定はできませんけど、鴻…サクラさんに比べたら全然そんなことないです。
一応毎日家には帰れますし」



そう言って笑う彼女の笑顔がやけに眩しく見えた。
あぁ、彼女もまた自分の仕事が好きだからか、と自分を半ば無理やり納得させた。


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