S 最後の警官

□悪いのは君
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「長かった……疲れた……」
「下手に人質を買って出るからだ」
「うぅ…ごめんなさい……」



結局、聴取の方が長くかかり、帰宅した頃には20時を回っていた。
普段は家事を買って出る桜月も流石に今日は無理だと判断。コンビニで食事と、食べたいと言っていたアイスを買ってからの帰宅。
風呂を沸かしている間に食事を済ませてしまいたいと言い、テーブルに買って来たものを並べ始める桜月。
こういう時くらい座っていればいいものを……。



「桜月」
「うん?」
「座ってろ」
「え、いいよ。伊織疲れてるでしょ」
「俺は構わない」
「んー……分かった。とりあえず準備終わったし、座って?」



にこりと笑う彼女に軽い頭痛を覚えて、こめかみを押さえる。
帰宅したというのに強がる必要はない。
口を開いたところで定位置に座らせられた、と思えば背中を向けて膝の間に座り込む桜月。



「…桜月」
「ちょっとだけ、ダメ?」
「………約束したからな」



自身の膝を抱えて座る桜月に後ろから包むように腕を回して抱き締めれば、強張っていた身体が解れていくのが分かる。
肝が据わっているとは言え、この平和な日本で銃口を向けられることなど滅多にあることではない。
彼女から小さな溜め息が漏れるのが聞こえる。



「寝るなよ」
「寝ないよ……お風呂入ってないし、アイスも食べてない」



その割には眠そうな声。
無理もない、人質になってから解放されるまで2時間足らずとは言え、気持ちは張り詰めていただろう。
このままでは眠ってしまいそうな彼女に半ば強引に食事させて風呂に入れる。
一緒に入るというよりは、ほぼ入浴介助だ。

今は湧き上がる煩悩に蓋。
白い項も、
薄い背中も、
彼女の好きな入浴剤を入れて白濁になった湯船に浸かって桃色に染まる肩も、
一房落ちている後れ髪も、
全て見ないフリ。



「んー……気持ちいいねー…」
「……良かったな」



少し目が冴えたのか俺の足の間に座り、のほほんとした声を発する桜月。
こちらの気も知らず呑気なものだ。



「ねぇ、伊織?」
「何だ」



落ちてくる前髪をかき上げていれば、不意に名前を呼ばれて前屈み気味だった桜月が俺の胸に背中を預けてきた。



「今日、ね…怖くなかったって言ったら嘘になるけど、そんなに怖くなかったんだ」
「……日本語を話せ」
「ひどーい」



言葉の割に楽しそうな笑い声を上げている。
本当にそうとは思っていないのは分かっている。



「たぶんすぐに伊織が助けに来てくれると思ってたから」
「……そうか」
「それに伊織に怒られる方が怖いからね」
「おい」
「冗談ですー」



軽口を叩けるほどに心の緊張も解れた様子。
ひとまずは安心か。
ぐっと伸びをして湯船から出ていく桜月。
アイス食べよう、と笑う彼女の顔には数時間前に見た翳りはもう何処にも見当たらなかった。



































「やっぱり自分へのご褒美はダッツだよね〜」



すっかり元の調子を取り戻した桜月はご褒美と称して買ったアイスを満足気に頬張っている。
タオルで頭を拭きながら隣に座れば、一口どーぞとスプーンに乗せられたアイスを差し出された。



「……甘い」
「アイスだもん…あ、」



ソファに凭れかかるように座っていた桜月の胸元に一雫、アイスが落ちる。
風呂上がりで薄手のインナー姿だったのが幸いして、着衣は汚れずに済んだ。
ティッシュティッシュ、と手を伸ばした桜月の手を掴み、落ちた一雫に舌を這わせる。



「っ、…伊織っ…?」
「甘い、な」
「ちょっと、目が怖いんですけど……」
「散々煽ったお前が悪い」



全ては無防備で、無自覚な彼女のせい。
アイスを手から奪って、そのままソファに押し倒した。


*悪いのは君*
(アイス溶けちゃった……)
(………)
(もう、伊織のバカ。せめて冷凍庫に戻してくれればいいのに)
(……また今から買いに行くか)
(腰が立たないのよ!)


fin...


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