S 最後の警官

□かけがえのないもの
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「で……何処へ行くんだ」
「うーん……コンビニで冷たい物買って公園行こ」
「……あぁ」



夏も終わりだというのにむせ返るような暑さがまだこの時間帯でも残っていた。
今日は出動がなかったのでデスクワークと狙撃練習で一日空調の効いた室内にいた分、尚更暑さが身体に染みる。

まずはコンビニへ、という彼女の言葉通り、いつも利用する最寄りのコンビニへと足を向ける。



「ちょっと、伊織……歩くの、早い……!」
「……すまない」



肩を並べて歩くなど、いつぶりだろうか。
彼女の歩くペースを忘れて仕事中と同じペースで歩いていたようだった。
振り返って手を差し出せば手を重ねようとして一瞬悩む素振りを見せた後で駆け足で隣に並ぶ桜月。
その挙動に思わず眉が寄る。



「どうした」
「いや、だって……暑いでしょ?」



外に出た時、眉間の皺が深くなったし、と笑う彼女にどうにも申し訳ない感情が込み上げてくる。
普段は何かと抜けているクセにこういう時は何故か察しが良くて。
そうさせているのは自分か、と溜め息が漏れる。

隣に並んだ桜月の手を取り、半ば無理やり指を絡めれば帰宅した時と同じくらいに見開かれる瞳。



「え、」
「嫌なら言え」
「あの、……うん、嫌じゃないです」



ありがと、と照れたような、それでいて嬉しそうな顔で笑う桜月に自然と頬が緩む。
二人でいる時くらい気を遣わないでほしい、と思うが仕事ばかりでろくに彼女の話も聞けない自分が言える立場ではない。



「伊織?」
「何だ」
「難しい顔してる、どうかした?
仕事、大変だった?」



何でもない、と首を横に振れば心配そうに顔を覗き込まれる。
こんな顔をさせたい訳じゃない。
ただ笑っていて欲しいだけ。



「大丈夫だ、何でもない。着いたぞ」
「あ、うん……」



ドアを開けると冷気が身体を撫でる。
先に桜月を中に入れれば、飲み物のコーナーへと足を向ける。
てっきりアイスを買うものだと思っていたので予想外。



「伊織は何飲む?」
「コーヒー」
「はぁい。じゃあ私は……炭酸かな〜」
「……向こうはいいのか」



向こうと指した方は冷凍コーナー、特にアイスが陳列されている。
少し悩んだ後で1つだけ、と普段買わないタイプのアイスを手に取ってレジに向かう桜月。
そのまま会計を済ませようとするのでLuicaで、と店員に告げて交通系ICで支払いを済ませる。
袋詰めされた飲み物とアイス、それと桜月の手を取ってコンビニを後にする。



「え、ちょっと、伊織?」
「何だ」
「いや……それこっちの台詞」



少し急ぎ足で公園まで歩く。
半歩後ろを小走りで付いてくる桜月が転ばないペースを保って公園まで来たところで、軽く息が上がった彼女をベンチに座らせれば非難めいた表情でこちらを見上げてきた。



「……そんな顔、させたい訳じゃない」
「う、ん……?」
「ろくに側にもいられないが、お前には……桜月には笑っていて欲しい」
「伊織……」
「だから、一緒にいられる時くらい、気を遣うな」
「アハハッ、難しい顔してるからどうしたかと思った」



そんなこと考えてたの?と笑う彼女。
……そんなこと、と言うが重要なことだと俺は考えている。
自分の隣をぽんぽんと叩いて座るよう促され、そのまま腰を下ろす。



「私、別に気を遣ってるつもりはないよ?
考えてることは伊織と一緒」
「………?」
「一緒にいる時は笑って欲しいし、くっついていたいし、嫌な思いはして欲しくない。
その為なら何でもするよ?」
「……そうか」
「ふふっ、そうなんですよ」



肩に凭れかかってくる桜月がどうにも愛おしくて、そっと腰を引き寄せて触れるだけの口付けを落とす。

予想していなかったのだろう。
今日何度目になるか、目を大きく見開いた彼女に軽く笑い、もう一度キスを落とした。


*かけがえのないもの*
(ちょ、ここ……外!)
(くっついていたいんじゃなかったか?)
(そう言ったけど……そういう意味じゃない……!)
(アイス、溶けるぞ)
(え、あっ、伊織と半分こしようと思ったのに)
(帰ってまた凍らせるか)


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