S 最後の警官

□大丈夫
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「、伊織?」
「何だ」
「いや……私の台詞なんだけど」



一緒に来るにしてもこの体勢は一体何なのだろう。
私、何か忘れ物したかな、なんて思っていたら頭上から長い溜め息が聞こえた。
これってもしかして、呆れられてる?なんて思って名前を呼ぶ。



「伊織、さん?」
「……先に言っておく」
「何を?」
「責任は取る」
「っ、私、産婦人科に行くってしか、言ってない」
「可能性は否定できないから病院に行くと言ってるんだろう」
「それは、そうだけど……」



ドアを開けようにも伊織に動きを制されて前にも後にも動けない。
どうしようと思っていたら重ねられていた手がお腹に回って、ゆっくりと抱き寄せられた。



「伊織……?」
「帰らなくて、悪かった」
「そこは気にしてないよ。連絡くれてたし、仕事なんだから」



もう少しこのまま腕の中にいたい気もするけれど、病院の受付に間に合わなくなってしまう。
近くの病院は総合病院ということもあって産婦人科はかなり混むらしい。
初診ならば尚更に時間がかかりそうだ、と思って早めに出る準備をしていた。



「やっぱりさ、伊織は待っててよ」
「嫌なのか」
「そうじゃなくて。待ち時間長いみたいだし仕事で疲れてる伊織を付き合わせるのは悪いから」
「……送り迎えくらいさせろ」
「心配性〜」
「煩い」



行くぞ、と手を取られて外に出る。
秋風がひやりと頬を撫でた。
いつの間にか季節は移り変わっていて、彼と出会ってからもう何度目のこの季節だろう。

そんなことを考えながら会話もなく病院へと向かう。
重苦しい空気が流れている訳ではない、無言で歩くのはよくあること。
元々口数が多い人ではないし、私が話す内容に相槌を打つかツッコミを入れるか。
私が口を開かなければ会話がなくなるのは自然のこと。
話さなくても心地良いと感じるようになったのはいつ頃からだったか。



「ここか?」
「うん、終わったら連絡するね」
「一人で帰って来るなよ」
「分かったって」



意外と心配性な彼に苦笑しか出て来ない。
じゃあ行ってくるね、とゆっくりと手を離す。
伊織が帰って来るまで胸の中をぐるぐると回っていた不安はもうすっかり消え去った。
どんな結果であれ、彼と一緒なら大丈夫。







































……なんて、意気込んで受診したら単なる生理の遅れだった、なんてちょっと恥ずかしくて伊織に連絡するのを躊躇ってしまう。
どうしようかな、やっぱり一人で帰ろうかな、なんて思いながら病院の正面玄関をくぐれば見慣れたスーツ姿の男性が一人。
私の姿を確認してゆっくりとこちらへ向かって歩いて来る。



「い、おり……」
「連絡しろと言ったはずだ」
「ごめん……その、ね?」
「何だ」
「ちょっと、生理が遅れてるだけで、妊娠ではないって……」
「……そうか」
「何か、お騒がせしました」
「いや……」



何となく気まずい感じがするのは私だけだろうか。
泣くほど悩んだ結果がこれって……伊織の顔が見られない。
そんなことを考えていたら、そっと手に手を重ねられた。
いつになく優しい手つきに思わず顔を上げれば気遣わしげな表情が近くにあった。



「伊織?」
「体は問題ないのか」
「あ……うん、今回はたまたま遅れただけみたい。もしまた周期が崩れるようなら来てくださいって言われた」
「そうか」



それなら良かった、と彼が小さく呟いたのが耳に届いて胸がきゅーっと締め付けられる。
一號くんは何考えてるか分かんねー、よく付き合ってるな、なんて言ってたけれど案外感情が表に出てくるし、必要なことは言葉にして伝えてくれる。



「心配かけてごめんね?帰ろっか」
「……あぁ」



重ねられた手を繋ぎ直せば、軽く力を込められる。
きっと今日のこの手の温もりを忘れることはないんだろう。
そんなことを思いながら、二人並んでゆっくりと家路についた。


*大丈夫*
(そういえば今日の先生、伊織みたいに無愛想でびっくりした)
(喧嘩売ってるのか)
(滅相もございません)
(四宮……春樹先生だったかな、産婦人科って先生が優しいってイメージだったからさ)
(それは、そうだな)
(まぁ私は伊織で慣れてるし、説明は分かりやすかったから気にしてないけど)
(やはりお前、俺に喧嘩売ってるな?)


fin...


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