S 最後の警官

□お付き合い始めました
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「いや、ほら、前にゆづるの同僚とやったじゃん?
みんな全然進展なかったからさ?桜月の友達とか同僚とかはどうかな〜って話してたところなんだよ」
「あぁ、前にここでやってたやつね」



とりあえず先にお酒ね、と出されたウーロンハイを口に運びながらあの日の光景を思い浮かべているらしい彼女。
そういえばあの日もこの座敷席だったか、と思い起こした。
全てはあの日から始まった。



「桜月の周りで合コンしたい〜とか、ない?」
「うーん……いないことはないけど……」



少し考える素振りで頭を垂れた後、すぐに顔を上げた彼女と目が合う。
おそらく……いや、きっと彼女もあの日のことを考えているんだろう。



「マジで?それならマジで合コンやろうぜ?」
「え、あ、日程調整とかあるので、すぐには無理ですけどっ……!」



古橋さんに肩を掴まれて、驚きを隠せないでいる桜月。
彼女のその姿を見てまぁまぁ、と宥めながら古橋さんからそっと桜月を引き離す神御蔵。
普段は当てにしていないが、こういう時はそれなりに頼りになる。



「いや〜、それにしてもさ。会うのめちゃめちゃ久しぶりじゃね?」
「そうだね〜、最近ちょっと仕事忙しくてさ」
「彼氏できたとかですか?」
「えっ、」
「梶尾さ〜ん、そんなド直球な……」



先程の話題に立ち返った。
彼女の表情を見なくても分かる。
困ったような表情でこちらに視線を送っているはず。
神御蔵には先に伝えておけばこんな事態にはならなかっただろう。



「お?もしかしてその反応はホントに彼氏か?」
「え、いや……あの、」
「マジで?マジで彼氏できたのか?」
「うぅ……はい」



これ以上は隠し切れないと判断したらしい桜月が観念したように頭を垂れた。
コイツは幼馴染に彼氏ができたくらいでこんなに興味津々に聞くものなのか。
……桜月が言い渋っていた気持ちが若干分かった気がする。



「おい〜、何だよ。言ってくれればいいじゃん〜」
「あは、ははは……何か最近忙しくて、会う暇なかったし、次に会ったときでいいかなー、って思って」
「あれ、じゃあ引っ越したのも彼氏できたからか?」
「えっ?」
「この間さ、アパートの前通ったら桜月の部屋から別な人が出て来たとこを見たからさ」
「引っ越しは、彼氏とはあんまり関係ないっていうか、微妙に関係あるっていうか……」



しどろもどろ、という言葉がぴったりな状態な桜月。
彼女はきっと今、もっと前に言っておけば良かったと後悔に苛まれていることだろう。

しかしながら……神御蔵はまだしも、他二名の距離がやけに近い気がするのは気のせいではないはず。
古橋さんはいつの間にか彼女の肩を抱いているし、梶尾さんも気づけば彼女の背後にいて男三人に囲まれている状態。
彼女も困ったように笑いながら食事をしているが、逃げる素振りが見られないのは彼女の性格故か、幼馴染と俺の同僚だと思って遠慮しているのか。
何にせよ変に気を回していることには違いない。
……目の前で自分の女がそういう扱いを受けている姿を見るのは気分が良くない。



「そろそろ失礼します」
「お?おう、お疲れ〜」
「何だよ、もう帰んのかよ〜。付き合い悪いな〜」
「あっ、じゃあ私も……!」
「まだいいじゃん、帰りは送っていくからさ〜」
「そうそう、そーんな無愛想と帰るより俺らと飲んだ方が楽しいっぺ」
「え、いや、でも明日も早いし……」
「たまには羽伸ばしてもいいんじゃないですか〜?」



幼馴染他二名の酔っ払いに引き留められて、本気で困っている桜月。
小さく溜め息を吐いた後で自分と彼女の分の支払いを副官に渡して、彼女の背後まで回ってから腕を引き寄せる。
俺の行動にその場にいた誰もが目を丸くしている。
当然と言えば当然。



「桜月、帰るぞ」
「い、伊織?」
「おい、蘇我!」
「神御蔵」
「な、何だよ」
「お前が送っていく必要はない。
桜月は俺の部屋に住んでいる」
「……は、」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと……伊織?」



失礼します、と副官に頭を下げてから入口へと向かう。
言葉の意味を理解したらしい同僚が背後からやいのやいのと野次を飛ばしてくる。
このまま立ち去ってもいいが、明日の朝が面倒なことになるのは目に見えている。
彼女からは手を離さずに振り返り、先程まで自分たちがいた座敷席へと目を向ければ、慌てた様子で靴を履いて下りてくる三人。



「蘇我の部屋に住んでる、ってどういうことだよ?!」
「言葉通りだ」
「じゃ、じゃあさっき言ってた彼氏って蘇我のことか?!」
「そ、うです……」
「何で蘇我くんと桜月さんが?!」
「答える義務はありません」



彼女と自分が否定しない様子を見て呆気にとられた三人。
さっきから変わらない位置でグラスを傾けている副官が、ようやく立ち上がってこちらへとやって来た。



「ここで騒いでいたらお店の迷惑だ。そろそろ戻れ」
「いや、でも、逸田さん!」
「お前たち、さっき高宮さんが蘇我を何と呼んだか聞いてないのか」
「……名前で、呼んでました」
「神御蔵、お前の幼馴染は何の関係もない人間を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶような人なのか?」
「……いえ」



副官の言葉にぐうの音も出ないらしい。
静かになった三人を見遣った後で俺と桜月に目線を送ってきた副官。
全て見透かされているような視線に思わず背筋が伸びる。



「引き留めて悪かったな、気を付けて帰れよ」
「……はっ、失礼します」
「あ、お邪魔しました」



このタイミングでその挨拶はどうなんだ、と思いながら彼女の手を引いて今度こそ店を後にする。
しばらく互いの顔を見ることも言葉を交わすこともなく、ただマンションに向かって歩く。
五分ほど歩いた頃だろうか。
半歩後ろを歩いていた彼女が息を乱しながら繋いでいた手を引っ張った。



「い、おり……早いっ」
「……悪い」
「もう、リーチの差、考えてよ、ね」



不満を漏らす彼女の呼吸が整うのを静かに待つ。
視線に気づいたようで緩く首を傾げた桜月が不思議そうに俺を見遣る。



「何だ」
「それはこっちの台詞ね。
急にどうしたの?あんな風に話して大丈夫だった?」
「別に、問題ない」
「そうかなぁ……明日、改めて質問攻めに遭いそうだけど」



それは否定できない。
明日NPS本部に行けば、間違いなく先程よりも激しい取り調べを受けることになるだろう。
だが、あの場であれ以上彼女の困った表情を見ることも、あの三人が彼女に触れることも、見逃すことはできなかった。
それに丁度いいタイミングだった。
いずれバレることだ、一人一人バラバラに知られるより全員まとめて知った方が面倒事が長引かなくて済む。



「ふふふ」
「何だ」
「んー?さっきの伊織、カッコよかったなーって思って」
「馬鹿か」
「またそういう捻くれたことを言う〜」



でもそういうところも好き〜、とウーロンハイ一杯で酔いが回ったらしい彼女が俺の腕に絡みつきながらニヤついた表情を隠すことなく言ってのけた。
まったく、こういうところは適わない。



「桜月」
「うん?」
「合コンは駄目だ」
「あぁー……さっきの話?幹事でもダメ?」
「駄目だ」
「んん〜……分かった、一號くんには後で連絡しておく〜」



伊織さんってば心配性なんだから〜などとのたまう彼女を引きずるようにして歩き慣れた道をゆっくりと進む。
明日はきっと面倒な絡みに巻き込まれるのだろう。
だが、桜月との関係を公にするための必要事項だと考えると、またそれも悪くない。
そう思うほどに彼女を大切に思っているようだ。

口が裂けても本人には言ってやることはない、が。


*お付き合い始めました*
(それにしても逸田さん、何で驚かなかったんですか?)
(彼女、入って来て俺たちを見た時に真っ先に蘇我を見てたからな)
(うわ〜、俺そこ見てなかったわ〜)
(蘇我もやけに彼女を気にしていたし、何かあるとは思っていた)
(も〜、古橋さん。ネゴなんだからもっと上手く聞き出してくださいよ〜)
(煩ぇ!犯人と交渉するのとは訳が違うんだよ!)


fin...


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