S 最後の警官

□香りに包まれて
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「……いお、り?」
「起きたか」
「ん……ごめん、気づかなかった……」
「いや……」
「…………………!!!!」



目を擦りながら上体を起こした桜月が弾かれたように顔を上げて俺を見た後で、慌ててブランケットに包まった。
起き抜けから忙しい奴だ。



「み、見た……?!」
「何をだ」
「その、私の格好……、」
「何故俺のシャツを着ている」
「うぅ………ごめん……」



別に謝ることではない。
ただ理由が全く分からない。



「……怒らない?」
「シャツ着たくらいで怒るか」
「……笑わない?」
「内容による」

「その、……寂しくて、ね。
これ着てたら伊織に抱き締められてるみたいで、少し気が紛れるっていうか」

「お前は、本当に……」
「勝手に着て、ごめんね?」



呟きをどう捉えたのかは分からないが、眉を下げて申し訳なさそうに謝る桜月を考える暇もなく抱き寄せた。
腕の中で驚きを隠せないでいる彼女には気づかないふり。



「、伊織?」
「……悪かった」
「何が?」
「帰って来られなくて」
「仕方ないよ、仕事だもん。今日帰って来てくれて嬉しい」
「こんなこと言える立場じゃないが、」
「うん?」



無意識の内に抱き締める腕に力が籠もる。
どんな言葉にすればこの胸の内が伝わるだろうか。



「頼むから、仕方がないで諦めないでくれ」
「ん?どういうこと?」
「仕事だから、任務だから、……この国の治安の為だから、と言ってお前を蔑ろにするつもりはない」
「それは……うん、蔑ろにされてるとも思ってないけど……」



それがどうした、と言わんばかりの口振り。
まだ伝わっていない。



「仕方ない、と言うな」
「えぇ……?」
「桜月を蔑ろにするつもりはない、だからそれを理由に仕方がないと諦めないでくれ。
いつか、仕方ないと俺のことまで諦めてしまいそうで、怖い」
「伊織……」



少し前から思っていたこと。
彼女が『仕事だから仕方ないよ』と言う度に、いつかそんな日が来るんじゃないかと思っていた。
そんなことをするような人間でないことは分かっている。
けれど、



「やだ、そんなこと考えてたの?」
「………現に2週間、着替えだけ取りに帰って連絡もしなかった」
「仕事終わって帰って来て洗濯物見て『あぁ、来てたんだ』とは思ったけど」
「すまない」
「あれはあれで生存確認できたから良かったよ。
でもまぁ、部屋にいない時間でも帰るならメールしてよ、とは思いました」



返す言葉がない。
何を言われても反論できる立場ではない。
そもそもこんなことを言える立場でないことも分かっている。



「でもさ、今更生き方なんて変えられないでしょ?
それに伊織が国の治安を守ってくれるってことは、間接的に私のことも守ってくれるってことだし。
寂しくなることは確かにあるけど、それで伊織を嫌いになることも諦めることもないよ」
「そう、か……」



何ということないように話す、その言葉にひどく安堵している自分がいる。
掴みどころがないように見えて、これで意外と芯が強くて真っ直ぐとした性格。
この強さに何度甘えてきたことか。



「それにさ……私、伊織のこと大好きだからそう簡単に離してあげないよ?」
「その言葉、そのまま返す」
「あはは、伊織が離さないって言うと本当に逃げられなさそう」
「そっちじゃない」
「うん?」



腕の力を緩めて閉じ込めていた彼女の身体から少し離れて顔を覗き込む。
確かに離すつもりは毛頭ないけれど、返すと言ったのはそれじゃない。



「……好きだ」
「、え」
「きっと桜月が思っている以上に、好きだ」
「…………狡い」
「何が」
「突然そんな、好きとか言うの、狡い。
反則、無理、ホント……狡い」



耳まで赤く染めて『狡い』と連呼する彼女。
その姿が柄にもなく可愛いと思えて、額に口付ければ『狡い』とまた言われる。



「嫌なら止める」
「やだ」



ちゃんとして、と見上げてくる彼女がどうにも愛おしくて唇にゆっくりと口付けを落とす。
ゆっくりと離れた後で花が咲いたように笑う彼女をもう一度抱き締めて、久しぶりの柔らかな感触を十分に確かめた。


*香りに包まれて*
(あ、ご飯は?それともシャワー浴びる?)
(……いや、)
(うん?)
(その前にお前だ)
(へっ?)
(その格好、誘ってるようにしか見えん)
(そういうつもりはないですー!)


fin...


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