S 最後の警官長編

□十話
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待って、どういう状況?



掴まれていた手首が熱い。

引き寄せられた肩も熱い。

彼の顔が埋められた逆側の肩も熱い。



数回の深呼吸の後で、ようやく今置かれている状況が脳が理解して、顔に熱が集まるのが分かった。
何で、



「そが、さん……」
「何だ」
「……私の台詞です」
「…………そう、だな」



それで黙らないでください。

ここまでされて分からない程、ウブでもない。
それなりに人生経験は積んできた。
……それでも、きちんと言葉にしてもらいたいと言うのは欲張りなんだろうか。

大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
空いている手で彼の胸を押して、ゼロ距離だった彼との間に少しだけ空間を作る。
羨ましいくらいに綺麗な肌、こんな至近距離で蘇我さんを見るのは初めて。



「……?」
「蘇我さん」
「何だ」
「一応、確認しておきたいのですが」
「何をだ」



この期に及んで何を、と言いたげな表情。
いや、確かにここまで来て二の足を踏むつもりもないけれど、私だって女なんです。
自分が好意をもっている相手からこんなことされて、もし万が一にでも酔った勢いでした、なんてことを言われたらしばらく立ち直れる気がしない。
彼と知り合ってから短い期間ではあるけれど、彼の人となりを知ってきた中で酒の勢いでこんなことをする人だとは思えない。
それでも、



「これは、私に好意をもってくれている、という解釈でいいんですよ、ね?」
「鈍いにも程がある」
「いや、だって……蘇我さん、そんな雰囲気なかったし、正直何考えてるか分かんないですし」
「……それは、」



この際だ、思っていたことを全て吐き出してしまおう。
私もそれなりにアルコールは回っている。
お互い酔っている状態ならば、多少行き過ぎたことを口にしても大目に見てくれるのではないだろうか。



「私だって蘇我さんが好きなんですよ。
たぶん蘇我さんが私のこと好きだって思うずっと前から。
この人のこと好きだな、って思ってる人がちょっと我が儘聞いてくれたり、助けてくれたり……しかも部屋に来いとか、期待しちゃうに決まってるじゃないですか」
「……お前、酔ってるな?」
「500ml缶6本空けた蘇我さんには言われたくないです。
こっちは毎日心臓バクバクしてるのに何でもない顔して……狡い」
「その割にここに来た初日にソファで寝落ちしたな」
「あれは色々あり過ぎて疲れちゃったんです」



我ながら支離滅裂なことを言っているとは思う。
それでも目の前の彼は呆れることも、投げやりになることもなく私の言葉を受け止めてくれる。
その分かりにくい優しさに、どうしようもなく胸を締め付けられる。



「蘇我さん、狡い」
「……あぁ」
「蘇我さん」
「何だ」
「蘇我さんは、私のこと好きですか……?」



真っすぐに見つめて問いかければ、一瞬瞳の奥が揺れたように見えた。
その後で視線を外されて、深い溜め息を吐かれた。
それはちょっと傷つく。



「……ここまでしておいて、そうじゃないとは言わないだろ」
「もしそうだったら……悪趣味ですね」
「それくらい分かれ」
「嫌」
「…………は、?」
「ちゃんと、言ってください」



分かってはいる。
きっとそういう言葉を口にすることは苦手な人だということは。
それでも、



「私は、蘇我さんが好き」
「………………俺も、」
「……蘇我さん、?」

「好きだ、桜月」

「っ、」
「……泣くな」
「だ、って」



自分からお願いしたことだけれども、まさか言葉にしてもらえるとは思っていなかった。
お酒の力も相まって、一気に涙腺が崩壊して堪えていたものが溢れてきて思わず顔を押さえて俯く。
やっぱり蘇我さんは、狡い。



「……桜月、」
「何、ですか」
「こっち向け」
「酷い顔してるので嫌です」



自覚はある。
きっと人様に見せられる顔をしていない。
特に、想いが通じ合ったばかりの人に見せられるような、寧ろ見せたらダメなレベルなのは分かってる。
そんな乙女心を察してくれない蘇我さんが顔に手を添えて、半ば強引に視線を合わせられた。



「……確かに、酷いな」
「そこはお世辞でも『そんなことない』って、言うところです」
「世辞は苦手だ」



でしょうね、と口をついて出るところだった。
お世辞が上手な蘇我さんなんて想像もできない。
恥ずかしいから本当に止めてほしい。
けれど、細身なのに力の強い彼の手から抜け出す方法なんて私にはなくて。

きっと本気で嫌がったら離してくれるのだろうけれど、彼の手の温もりが心地良くてもう少しだけ、なんて。
そんなことを考えていたら、彼の親指が優しい動きで私の目尻をなぞった。



「……蘇我さん、?」
「これも、言った方がいいか?」



ゆっくりと近づいてくる整った顔に、思わずぎゅっと目を閉じれば、目の前の彼が超至近距離で小さく笑った気がして。
その後で唇に温かくて、柔らかな温もり。

どうしよう、今世界で一番幸せかも。


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