コウノドリ

□サプライズ作戦
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「桜月、桜月?」
「んー……」
「鴻鳥先生、ごめん。飲ませ過ぎた」
「本当ですよ……ここまで潰してどうするんですか」
「いやー……暗い顔してたから飲んでパーッと憂さ晴らし?」
「そういうタイプじゃないでしょ……」



桜月と小松さんが来ていることは受付を終えた賢ちゃんから聞いていた。
ライブ中も曲を聞くでもなくずっと話し込んでいる姿は視界の端に捉えていて。
勿論、彼女がいつもより速いペースで彼女の許容量よりも多く飲んでいることも知っていた。
だからといってBABYとしてステージにいる以上はどうすることもできなくて。
アンコールの拍手を背中に受けながらメイクを落としてバーカウンターへ向かえば、すっかり酔い潰れた桜月と何とか彼女を起こそうとしている小松さんの姿。



「桜月、帰るよ」
「んん……」



賢ちゃんに呼んでもらった二台のタクシー。
一台は小松さん、もう一台には僕と桜月に分かれて乗り込む。
『帰らない』とか『小松さんの家に行く』とか珍しく駄々をこねていたけれど、足元が覚束ない彼女をタクシーに乗せるのは容易く、車が走り出せばアルコールが入った彼女はすぐにうとうとと僕の肩に凭れてうたた寝を始めてしまった。

タクシーで走ること15分。
マンションの前に横付けされたタクシーから引きずるようにして彼女を降ろすと、フラフラした足取りで数歩進んだかと思えばそのままその場に座り込んでしまった。



「桜月、大丈夫?」
「やです……」
「うん?」
「やだ、サクラさん、やだ」



酔っ払いの戯れ言、と聞き流すこともできたけれど……どこか寂しそうで、どこか怒っているような彼女の言葉をそのままにしておくことなんてできなくて。
何とか立ち上がらせようとするけれど、子どものように頭を左右に振って拒否を示す桜月をこの場から動かすことは容易ではなく。
暫しの逡巡の後で彼女の側に膝をついてから、考える暇も与えず一気に抱き上げる。

当然のように嫌がる桜月だったけれども『近所迷惑だよ』と言えば、ピタリと動きを止める彼女。
そういうところでの理性はどうやら残っているようだった。
幸いにして他の住人に会うことなくエレベーターを経て部屋に到着。
靴を脱がせた後でリビングのソファへと座らせれば、そのままソファの上で膝を抱え込んでしまう。
アルコールのおかげで普段は姿を見せることのない彼女の本能ともいえる心の内が表面化しているのだろう。
ともすると天の岩戸よりも開けることが困難かもしれない、と思えるガードの固さ。



「桜月?」
「…………」
「何か飲む?水は?」
「…………」



ソファの空いているスペースに腰を下ろして肩に手を乗せながら声をかけるが反応はない。
体勢から言っても座ってから間もないことを考えても眠ってしまったとは想像しがたい。
彼女の確固たる意思でこの姿勢を崩さないとすると、これはなかなかに攻略が難しい。
さて、どうしたものか。



「今日、ライブに来てくれると思ってなかったから桜月を見つけた時は嬉しかったよ」
「…………」
「小松さんの名前でチケット予約されてたから下屋と来るかと思ってたら、桜月だったからさ」
「、…………」



どこに反応したかは分からないけれど、桜月の体がピクリと反応を示す。
けれど、反応を見せたのはその一瞬だけでまたすぐに石のように無反応に戻ってしまう。
今の会話、というより半ば僕の独り言のどこに反応したのだろうか。

今更ながらに思うけれど、こうして彼女に触れるのは久しぶりな気がする。
元々忙しい仕事ではあるけれど、最近はそれに加えて彼女に秘密で下屋と動いていたこともあるし、彼女も何かと忙しかったようで部屋に来ること自体が久しぶりに感じる。



「そういえば下屋が寂しがってたよ。
最近、桜月が一緒にお昼食べてくれないし、焼肉もなかなか行けてないって」
「…………やだ」
「うん?」



ぽつりと彼女の口から零れ落ちるように出てきた言葉。
それは先程聞いたものと同じだが彼女にしては珍しい、どこか子どもじみた言い方。
一言呟いた後、また何を言っても黙り込んでしまう。
これもアルコールの影響だろうか。
だとしても、纏う空気が重い気がする。
所謂、地雷を踏んだという表現がぴったりなのかもしれない。
どちらかと言えば聞き役になることが多い彼女がライブ中の小松さんとの会話はほほ九割方彼女の方が話をしていたところを考えれば、今回非は僕にあるのだろう。
どう切り出せば話してくれるだろうか、と彼女の肩を抱いたまま思案に暮れる。

腕の中の桜月が身動いた、と思えば彼女自身の腕に隠されていた瞳が、ゆっくりと僕の姿を捉えるように頭を擡げた。


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