S 最後の警官

□約束の
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朝食の後、開店時間に合わせて支度を済ませてマンションを出る。
やけに機嫌の良い彼女のマシンガントークに相槌を打ちながら、まずは彼女が雑誌で目星を付けていたピアスがある店へと足を向けた。
道中、機嫌の良さを指摘すると、
『だって伊織が私の誕生日覚えててくれて、しかもプレゼントも考えてくれてたんだよ?
嬉しいに決まってるじゃない』
と人のことを何だと思っているのかと問いたくなるような発言。
ただ普段から仕事だ任務だ訓練だと、彼女のことを二の次三の次にしている自分が何か言える立場でないことは確か。
もう少しマメに連絡を取るべきか、と思いながら今日の目当ての店に到着。
自動ドアをくぐれば装飾品がショーケースにずらりと並んでいる。
ふと隣の彼女に目を向ければ、目の輝きが先程までよりも増している。
女性は装飾品の類が好きだ、というのはあながち間違いでもないのだろう。



「あ、これ可愛い……いや、でも、こっちも……」
「忘れているかもしれんがセカンドピアスは、」
「ストレートのものでしょ〜?そこは分かってるって」



指輪、ネックレス、イヤリングと並んでピアスのコーナーで足が止まる。
ある程度は目星を付けていたようだが、こうして数多く商品が並んでいるところを見るとやはり目移りするようで。
あれも可愛い、これも良い、とショーケースの前を行ったり来たりしてはぶつぶつ独り言を呟いている。
念押しのつもりで声をかければ、そこは案外現実的で俺が言ったことは覚えていた様子。
それが分かっているなら自分がこれ以上言うことはない、と半歩下がった所で桜月の後ろ姿を眺めていればショーケースに釘付けになっていた彼女が不意にこちらを振り返った。



「……何だ」
「私一人で選ぶの?」
「そもそも身に着けるものは自分で選びたいと言ったのはどこのどいつだ」
「……それはそうだけどさ」
「けど、何だ」



どことなく不機嫌そうに見えるのは気のせいではないはず。
さっきまで機嫌良く喋っていたのに忙しい奴だ。
そんなことを思いながら、どう話をするか思いを巡らせていると暫しの間離れていた指先がそっと絡められる。
どうしたのか、と言外に視線を送れば少し拗ねたような表情の桜月。



「桜月?」
「自分で選びたいとは言ったけど、伊織も一緒に見て欲しい、よ?」
「……面倒な奴だな」
「すぐそういうこと言う〜」



我ながら言い方に棘があるとは思う。
それを聞いても気にした様子もなく茶化した言い方をしながら俺の腕を取ってショーケースへと引っ張っていく彼女。



「ほらほら、伊織もご覧なさいよ」
「何キャラだ」
「男女ペアのピアスって結構種類あるんだね〜」



元々テンション高めで人の話を聞いているのか聞いていないのか分からないタイプだが、今日はいつにも増してそれが酷いように感じるのは気の所為ではないはず。
先程そんな話をしたな、と考えを巡らせながら彼女が指差すピアス一つ一つに目を向ける。



「ねぇ、伊織はどれがいい?」
「……自分で選びたいと言っていたように記憶しているが」
「それはそうだけどさ、お揃いにするなら伊織の意見も聞いておこうかと思って。
採用するかは別だけど」



なら聞くな、と口から出そうになるがそこは止めておくことにする。

恐らくある程度の目星を付けていたものの、実物を前に決心が揺らいでいる。
そこで俺の考えも参考程度に的を絞っていくことにしたのだろう。



「…………この、」
「ん?」
「黒とピンクの石が入ったピアスはどうだ」
「これ、?」
「あぁ……今、お前が付けているものとあまり代わり映えしないかもしれないが」



彼女が見ていた雑誌の中で付箋を付けていたページに似たようなものがあったはず。
彼女がピンクで、自分は黒。
仕事中は身に着けることはできないが、黒ならば普段使う分には違和感もない。
もっとも、彼女がファーストピアスに選んだものはライトローズだったので見た目に変化はないので却下されても文句は言えない。



「……これ、可愛いよね」
「見ていた雑誌の中にも似たようなのがあっただろう」
「うん、あった」
「今のピアスと代わり映えはしないが、」
「これ、可愛いよねぇ」
「桜月?」



何故同じ言葉を2回繰り返したのか。
怪訝に思って彼女を見れば、明らかに何かと葛藤している様子の表情。
名前を呼ぶとどこか困ったような顔で、眉間に皴を寄せながら見上げてきた彼女と視線が絡む。



「可愛い、んだけど……値段が可愛くない……!」
「…………何かと思えば……」
「だって、!」
「煩い」



思わず声を上げた彼女を制すれば、うっと言葉に詰まりながら声のトーンを落としてもう一度『だって』と視線を泳がせる。
改めて自分が差した、彼女が気に入ったらしいペアのピアスを見れば、それぞれ片耳ずつに着けるものでメンズが黒、レディースがピンクと思われる。
どうやらそれぞれがダイヤでできているらしく、ペアとなると確かにそれなりの値段ではある。
しかし、一粒石以外の装飾はなくシンプルな造りでポスト部分は純チタンが使用されている。
純チタンならばアレルギー反応も出にくいだろうし、何より気に入ったものならば何を悩む必要があるのか。



「このペアのピアスを……2セット。プレゼント用でまとめてラッピングを」
「畏まりました」
「ちょ、伊織っ……」
「煩い」



彼女が『可愛い』と連呼していたピアスを差して店員に包装を依頼すれば、恭しく頭を下げて包装の準備が始められた。
再び声を上げた彼女を制してから包装を待つため、近くに置かれていた二人掛けの椅子に彼女を座らせて自身もその隣に腰を下ろす。
桜月からの強い視線を感じて彼女を見遣れば、様々な感情が入り交じった瞳がこちらを見ていた。



「何だ」
「……伊織が、狡い」
「何が……別な物が良かったか?」
「違っ、そうじゃなくて……!」



困ったようで、嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない彼女の表情。
少なくともマイナスの感情は見られない。



「伊織は、私に甘くて、困る……」
「…………物で釣る訳ではないが、」
「え?」



そう、物で釣るつもりはない。
ただ普段、彼女の存在を後回しにしている分、何か彼女にしてやれることがあるなら、という思いを少なからず抱いていて。
それが今回のプレゼントにも繋がってくる。
決して甘やかしているつもりも、物で釣るつもりもない。
いつも放置してしまっている罪滅ぼしのようなもの。
結局のところ、自己満足と思われても致し方ないことだと自分でも思う。



「……そんなの、気にしなくていいのに」
「部屋に引き込んで、家事をさせて、連絡もせずに仕事ばかり……」
「伊織?」
「……愛想を尽かされても、文句は言えないだろう」



いつの頃からか燻っていた感情が、何が引き金となったかは分からないが零れ落ちた。
彼女の顔を見ることができない。


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