S 最後の警官

□予感
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「あっ、蘇我さーん!いらっしゃ〜い」
「ゆづちゃん、怖い」
「何よ、桜月がお世話になってるんだからちゃんと挨拶しておかないとダメでしょ」
「お母さんじゃないんだから……」
「……こちらこそ」



きっちり十五分でまんぷくに到着した伊織。
入口で待ち構えていたゆづるちゃんが物凄く嬉しそうに奥の座敷席へと伊織を連れて来る。
あぁ、何かちょっとどころかだいぶ恥ずかしい。
迷わず私の隣に腰を下ろした伊織にグラスを差し出すゆづるちゃん。
断ることなくグラスを受け取って、伊織がビールを注がれている……何だろう、当たり前の光景なのにすごく不思議。



「で、蘇我さん」
「はい」
「色々と聞きたいことはあるんですけど」
「はい」
「一緒に住んでるって本当ですか」
「いきなりそこ?」



駆けつけ三杯であるまいし、初めからトップギアでいかなくてもいいのではないか。
いや、そんなことを言ってもこの状態の幼馴染には通用しないのだろう。
既に瓶ビールを一本飲み干しているゆづるちゃんには私の制止など届くはずもない。
あぁ、やっぱり伊織に来てもらったのは間違いだったかも。
そんな考えが脳裏を過り、後悔の念に駆られている私を余所にグラスを空にした伊織がグラスを置いた後でゆっくりと口を開いた。



「自分のマンションで一緒に暮らしているのは事実です」
「同棲するには早くないですか?
さっき桜月から聞きましたけど、付き合い始めてまだ半年くらいですよね?」



幼馴染の指摘ももっともである。
これまで付き合った男性の中で半年で同棲、それどころか付き合い始めから同棲だなんてしたことがない。
……まぁ、伊織と付き合い始めたきっかけがきっかけだけに何とも言えないところではあるのだけれども。
それを知る由もない、というか話せないので知ることはないゆづるちゃんにはどう話すべきなのか。



「確かに、早いとは思われるかもしれません。
ただご存知の通り、自分の仕事は不規則かつ不定期。
集合がかかればいつ如何なる時でも出動し、いつ戻るとも言えない」
「それは、そうですね……?」
「……少しでも、時を同じくしようとするならば、一緒に暮らすのが一番だと判断しました」



…………物凄く、もっともらしい理由を言っている。
こんなことを口にしたら間違いなく伊織に怒られるだろうけれど、私が尋問する立場でも納得してしまうかもしれない。



「桜月は、それで良かったの?」
「えっ?」
「引っ越ししたばっかりだったじゃない」
「あ、あぁ……まぁ、ほら、ねっ。
一號くんがNPSに異動してから変な時間に出ていって帰って来ないから顔見てないってゆづちゃん言ってたし。
ほぼ一緒に暮らしてるのにそんな感じなら、伊織と私はもっと会えないのかなーって思って!」



お陰で毎日ではないにしても顔見られるから大丈夫!と、何が大丈夫なのかは分からないけれど、大丈夫大丈夫と念押ししておく。
心配性な幼馴染には自信満々くらいに言っておかないと。



「…………」
「、ゆづちゃん?」
「桜月、男運良くなかったから……」
「えー……」
「だって前に付き合ってた人、束縛強かったくせに浮気されて別れたでしょ?」
「うっ……」



その後、何故かストーカー化して怪我までさせられました、なんて口が裂けても言えない。

そんな私の心情など早くも酔っ払ってしまった幼馴染が察してくれるはずもなく、これまで付き合ってきた男性の駄目なところをつらつらと挙げていく。
……これだから幼馴染というやつは。
いや、確かに私も別れる度にやけ酒と称してゆづちゃんと飲んで愚痴ってはいたけれど。
何もこんなタイミングで暴露しなくてもいいじゃないか。
何とも居た堪れない気持ちになって、隣に座る伊織をちらり、と見遣れば何てことない表情でグラスを傾けている。



「……何だ」
「いや、何か……ごめん」
「神御蔵に言われた」
「一號くん?」



思いがけない人の名前が出てきて思わず首を傾げる。
元々考え方の方向性が違っている故に関わりは多くない、と言っていたのに。
……まぁ、同じ部署にいて関わりが少ないも何もないだろうけれど。



「この前、ここでNPSの連中と会った時の話だ。
次の日、色々と聞かれたのは話しただろう」
「あー……うん、そうだね」
「その時に、棟方さんが気にして……いや、心配していた、と」



伊織の言葉を聞いて正面に座るゆづちゃんを見れば、既にテーブルに突っ伏して寝息を立てている。
そういえば夜勤明けだと言っていた。
お疲れなんだろう。
……あれ、この状況って私達帰っても良いのでは?



「ゆづちゃん?」
「んー……」
「ゆづちゃん、寝るならお家帰った方がいいんじゃない?」
「…………」



肩を叩いて声をかけるけれど起きる気配なし。
彼女の家はすぐ近く。
というよりは、ここの真上。
このまま帰ったところでボクシングジムの練習生達、もしくは幼馴染の彼が連れて行ってくれるとは思うけれど……眠ってしまったゆづちゃんを置いて帰るのも忍びない。



「桜月ちゃん、いいよー。
一號帰ってきたら上に連れてってもらうから!」
「わ、かりました……!」



これだけ掛けてあげて、と手渡されたブランケットを眠りの世界に旅立っている幼馴染の肩に掛ける。
身支度をしてお会計をしようとするが伝票が見当たらない。
伊織が持ったのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
花さんに声をかければ『桜月ちゃんに良い彼氏ができたお祝いだから!今日は私の奢りだよ!』と有り難いくもあり、恥ずかしいもあるお言葉をいただいて。
一度は辞退したけれど、また二人で食べに来てくれればそれでいい、と言われて有り難くお言葉に甘えることにした。

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