S 最後の警官

□予感
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空気が重い……気がする。
いや、気にしすぎなのかもしれないけれど。
まんぷくを出てから手は繋いでくれているが言葉を発しようとしない。
元来、饒舌でもなければお酒に飲まれるタイプでもないことは承知している。
それにしても静か過ぎるのではないだろうか。



「あの、伊織さん?」
「何だ」
「その……怒ってる?」
「そう思う理由は」



まるで尋問だ。
そう思わざるを得ない。
いや、もしかしたら怒っているというのも私の勘違いかもしれないけれど、長くはないにしても短くもない付き合いの中で少しは彼の機微にの変化を察せられるようにはなっている。
少なくとも何か思うところがあるのは間違いないはず。



「色々。前の人の話とかゆづるちゃんが話してたし」
「そんなことをいちいち気にしていられるか」
「眉間の皺、ちょっと深いし」
「……気のせいだ」
「歩くのちょっと早いし」
「…………………………すまん」



やっぱり無意識だった。
今、やけに歩くペース早いから。
お陰でこちらは若干小走りです。
そんなことは口にせず、絡めた指先に力を込めれば歩みを止めた伊織が前に向けていた視線をこちらへと下ろす。



「伊織?」
「……男運がないにしても」
「突然ですね」
「前の男がストーカーだったとしても、あまり気分がいいものではないな」
「ごめん、ね?」
「棟方さんもお前を心配してのことだろう。
深く考えるつもりはない」



おや、これはもしかして。
ちょっとヤキモチ妬いてくれちゃってる?
……いや、ここでふざけたら多分本気で怒るはず。
機嫌取りをする訳ではないけど流石に伊織が本気で怒っているのは見たくないし、できればそれは避けたいところ。
さて、どうしようか。
そんなことを考えていたら無言のまま見つめる形になってしまっていて。
名前を呼ばれて無意識下から目の前の彼へと意識を戻せば、怪訝そうな伊織と視線が絡む。



「どうした」
「えー……と、」
「桜月?」
「いや、その、早く帰ってハグしたいかな、って?」



暫しの間の後で大きな溜め息を吐かれる。
そんな深々と溜め息を吐かなくてもいいじゃないか。
え、ちょっと傷つくんですけど。



「変に気を遣うな」
「、え」
「気分がいいものではないが……過去のことだ。
今更気にすることでもない」
「それは……そうだけど」



気分悪くさせたのは申し訳なかったよなぁ、と再び思案の渦に飲み込まれそうになった時。
ふ、と目の前が暗くなり、唇に温かくて柔らかな感触。
それが彼の唇だと気づいた時には既に温もりは離れていて。



「…………は、っ?」
「別に怒ってない。
だからお前が機嫌取りをする必要もない。
そもそも俺の顔色を窺うなんて、求めてない」
「え、いや……えっ?」
「何だ」
「えー……いや、何でもない、です」



全てお見通し、らしい。
私の葛藤とか申し訳ないと感じたこととか。
分かりやすく顔に出ていたのか、と熱くなった頬を押さえると私の反応に気を良くしたらしく頭上からふ、と薄く笑った声が聞こえた気がした。
珍しいと思い、頬を押さえたままに顔を上げれば先程よりも眉間の皺が薄くなった伊織と再び視線が絡む。



「……何?」
「それに……」
「うん?」
「今は此処にいる。それで十分だ」
「あ、……はい」
「照れるな。普段のお前の方が恥ずかしいことを言っている」
「、そんなことない」



あぁ、もう。心臓が煩い。
どうやら彼も私も少しのアルコールで酔ってしまったらしい。
そうでなければ彼が道端でこんなことをするはずもないし、私も恥ずかしさよりも嬉しさが勝るなんて有り得ない。
……いや、意外と伊織は素面なのかも。




「伊織、?」
「……何だ」
「耳、真っ赤」
「煩い」
「ふふふっ」



嬉しいやら恥ずかしいやら。
照れ隠しに腕に絡みつけば『重い』と酷い台詞を吐かれるけれど、拒否されている感じは全くなくて。
それがまた何とも言えない満足感、というよりも幸せな感じがして。

これまで幼馴染から散々男運がないと言われ続けてきたけれど、今回はそうではない模様。


*確信にも似た予感*
ー後日ー
(ねぇ、伊織?)
(何だ)
(ゆづちゃんがまたお食事ご一緒にどうですか、って)
(…………)
(ほら、この前は酔い潰れちゃって迷惑かけたから今度はノンアルで、と言ってるけど……どうする?)
(任務が入らなければ)
(そればっかりは何ともしようがないもんねぇ)
(それと、神御蔵抜きなら構わない)
(…………何でバレてるの?)

fin...


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