コウノドリ長編

□五話
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「すみません、ご馳走になってしまって…」
「いえ、今日のお礼ですし。それに若い子に出してもらうのは気が引けるので」
「……そんなに若い若い言われると、なぁ……」
「え?」
「あ、いえ、何でもないです」



独り言のつもりが危うく目の前の彼の耳にまで届いてしまうところだった。

楽しい時間ほど、あっという間に過ぎていくもので。
気づけば22時を回っていた。
お互いに早い時間の出勤ではないが、明日に響くということでお開きとなった。
…と言っても帰り道は一緒な訳で、ぶーやんからマンションへの帰路もただ当てのない話をしながら歩いていた。



「あ、ご馳走になったお礼に今度私がご馳走します!」
「え、いや…それは申し訳ないというかお礼のお礼って」
「たぶんご飯食べに行っても、またサクラさんがお支払いする、と言うと思うので何か作った時に差し入れさせてください」
「えっ…」



料理も製菓も好きな部類だ。
これならば支払い云々で揉めることもない。



「……あ、手料理とか苦手ですか?」



驚いた顔のまま固まってしまったサクラさんに少し不安を覚える。
手料理や手作りお菓子が苦手な人が一定数いるのは仕方のないこと。
何気なく発した自身の言葉で彼を悩ませることにならなければいいのだが。



「あ、そういうんじゃないんです。僕、今までそういう…手作りの物をもらったことってないので、ちょっとどう反応したらいいか…」
「……そうなんですか?」
「そうなんです」



高身長で見た目も素敵な人だ。
しかもお医者さんと来たら、さぞかしモテるのだろう、と思っていたのに意外な発言に目を丸くしてしまう。
そんな私の心情を察したのか、頬をかきながら笑うサクラさん。



「昔から…こう、恋愛には疎いというか縁遠いというか…。
大学入るまでは医学部に入る為にひたすら勉強漬けで、大学入ってからはバイトと勉強と実習と……勤め始めてから会う女性はほとんど既婚女性ですしね」



お恥ずかしい話、恋愛経験なんてほぼゼロです、と笑いながら話す彼がどうしようもなく可愛いと感じてしまう。
…年上の男性に可愛いなんて失礼かもしれないが、思うだけなら許してもらいたい。

引く手数多なタイプに見える。
優しいし、誠実そうだし、ギャンブルをするようにも見えない。
飲酒はするようだが節度をもった飲み方ができそうだし、先程の食事の最中も煙草を出す素振りもなかった。
価値観については人それぞれなので難しいところではあるが、正直なところ……言い方は悪いが優良物件だと思う。
(個人的には重視しないがお医者さんだけあって高学歴、高収入だとは思う)
なのに何故、こんな人がフリーでいるのか。


「桜月、さん?」
「意外だったもので…ビックリしました」
「意外ですか?仕事ばかりでつまらない男ですよ」
「そんなことないです!」



自嘲気味に呟かれた言葉を喰い気味に否定してしまう。
サクラさんが驚いた表情をしていたが、自分でも自分の声の大きさに驚いている。
何を熱くなっているのか。



「っ、すみません…でも、素敵じゃないですか。
それだけお母さんと赤ちゃんのことを大切に考えて、…さっき仰ってたじゃないですか、『出産は奇跡だ』って。
その奇跡の為に頑張ってる人がつまらないなんて、私は思いません!」



詰まりながらも思いの丈をぶつければ、一拍置いた後で、ふっと目の前の彼が微笑んだ。

……あぁ、もう何を一人で熱くなっているのか。
でも、それでも、今日目の当たりにした奇跡をいつも側で見守っているのに。
そんな人が自分を卑下するところなんて見たくない。



「ありがとう、ございます。桜月さんにそう言ってもらえるとちょっと自信もてます」
「…すみません、何か熱くなっちゃって」
「いえ、嬉しかったです」



穴があったら入りたい、とは正にこのことだ。
最近少し仲良くなっただけの、しかも年上の男の人に演説をぶつなんて。
唯一の救いは相手が悪意として捉えていないことくらいか。



「そうだ、連絡先交換しませんか?」
「、え?」
「僕、不規則な生活…というかご存知の通り家に帰らない日も結構あるので」
「それはまぁ…確かに」
「さっき話してたお礼のお礼、楽しみなので連絡先を交換しておけば確実にご馳走になれるかな、と思って」
「、はいっ……」



思わぬ申し出にまた心臓が早鐘を打つ。
いつの間にか着いていた部屋の前で互いの連絡先を交換すると、自分のアドレス帳に『鴻鳥サクラ』の名前が表示されたことにこそばゆさを感じた。



「じゃあ、おやすみなさい」
「今日はご馳走さまでした、ありがとうございました、…おやすみなさい」



ドアを閉めて施錠した後、そのままドアに背中を預けてずるずるとずり下がる。
何だ、これ。
こんな、誰かと連絡先を交換しただけでこんなに嬉しいなんて。

まるで、そんな……



「高校生か…」



恥ずかしくて顔が上げられない。
でも、頬が緩むのを止めることはできなかった。



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