S 最後の警官

□緩やかな束縛
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「あー……お腹いっぱい」
「俺の分のデザートまで食べればそうなるだろう」
「だって伊織いらないって言うから」
「風呂沸かすぞ」



指輪の包装を待った後で約束通り食事を済ませてから帰宅。
ソファで満足そうな声を上げている桜月を横目で見ながら、風呂の支度を始める。
ほろ酔い加減で楽しそうに笑っている彼女が自分の名前を呼ぶ。
何かと思ってソファを見遣れば、何か期待しているような表情。



「……何だ」
「ん?上着のポケットに入ったままのプレゼントはどうするのかな、と思って?」



食事の間も敢えて触れないようにしていた、購入したばかりの指輪。
彼女と、彼女の同僚が楽しげに話している姿を見て勢いのままに店に引っ張っていき、指輪を選んだものの、こうして少し時間を置いてみると少し先走りが過ぎたのではないかと自問自答を繰り返す形となっている。
今更自問自答をするくらいならば、もっと前に……彼女をアクセサリーショップに連れて行く前に気づくべきところ。
それすら気づかなかった辺り、自分でも気づかないうちに頭に血が上っていたらしい。



「、桜月」
「うん?」
「…………填めてもいいか」
「ふふふ、お願いします」



覚悟を決めて名前を呼べば、ソファに座り直してやけに機嫌の良さそうな笑顔が返ってくる。
包装を解いて箱の中から彼女の分の指輪を取り出す。
手を、と言葉にする前にそっと重ねられる彼女の右手。
ゆっくりと薬指に填めれば、まるで初めからそこにあるのが当たり前のようにぴたりと収まる。



「……ふふ、何か照れるね」



その感覚は何となく分かる。
珍しく照れたような笑いを浮かべる桜月に引き寄せられるように触れるだけの口づけを落とせば、驚いたように見開かれる瞳。
もう一度、今度は少し長く。

唇が離れた後で額を合わせれば、水分の多い彼女の瞳が眼前にあるのが分かる。



「泣くな」
「ごめん……嬉し泣きっていうか、幸せ過ぎて何か泣きそう」



そっと彼女の目尻を拭うと、いつもの柔らかい笑顔を向けられた。
口にはしたことはないが、この笑顔に何度となく助けられたのも事実。
心臓を締め付けられるような感覚を覚えて、目の前の彼女をゆっくりと抱き寄せた。



「ね、伊織」
「何だ」
「伊織にも填めてみていい?」
「……あぁ」


断る理由もなく指輪の片割れの入ったケースを差し出せば、ふふふ、と笑った桜月が割れ物を扱うようにそっと指輪を抜き取り、同じように俺の右手の薬指に指輪を填める。
初めて身に着ける指輪に慣れるまでには時間がかかりそうな気もするが、半ば直感で選んだこの指輪は思いの外しっくり来るように感じる。



「あ、そうだ」
「どうした」
「ちょっと待って」



ふと何かを思い出したらしい桜月が腕の中からするりと抜け出して、彼女のバッグの中から小さな紙袋を取り出した。
よく見れば先程のアクセサリーショップのロゴが入っている。
そういえば指輪を購入して店を出る前に何か思いついたような表情で『外で待ってて』と店内に戻っていった。
その時に買ったものなのだろう。
『ただいま』と元の場所へと戻って来た桜月が手にしていた紙袋の封を開けてから掌の上に紙袋の中身をひっくり返した。



「さっき買ったんだけどね」
「……チェーン、?」
「そう、……伊織、仕事中は着けられないでしょ?
だからチェーンに通して首から下げておけないかなーって」
「ベタだな……」
「だって、せっかくだから」
「ベタだが……悪くない」



俺の言葉に一瞬目を丸くした彼女が次いで嬉しそうに笑ってみせた。

初めは彼女への独占欲から来るものだったけれど、こんな風に笑ってくれるならたまに自分の黒い感情を表に出すのも悪くないのかもしれない。
柄にもなくそんなことを考えながらもう一度彼女に触れるだけのキスを。


*緩やかな束縛*
(……ふふふ、)
(いつまでそうやってるつもりだ……)
(だって、伊織がヤキモチ妬いて指輪まで買ってくれるなんて)
(…………)
(愛されてるな〜って思って、嬉しいんですよ?)
(……煩い)
(照れなくていいのに〜)

fin...


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