MIU404長編

□六話
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そんなこんなで誕生日当日。
今日はすこぶる調子がいいと言う祖母が朝から張り切って台所に立っている。
あまり無理はしないで、と話してはあるけれどそれも耳に入っているかどうか。
反動で明日寝込まなければいいけれど、と思いつつもこんなに調子の良さそうな祖母を見るのは久しぶりで少し安心。



「おっ邪魔しま〜す」
「あ、藍ちゃん。いらっしゃい」
「桜月ちゃん、ハッピーバースデー♪」
「ありがと、ついに大人の仲間入りです」
「そんな桜月ちゃんにー?」
「ん?」
「じゃーん!」



効果音と共に差し出されたのは缶が何本も入ったビニール袋。
ほら、ほら!と促されて受け取ればなかなかの重さ。
中身を見れば、ビールにチューハイ、ハイボールと言ったお酒の類。



「お酒は二十歳になってから〜ってことで差し入れ〜」
「こんなに飲めないよ?」
「今日一日で飲まなくていーよ、少しずつ色んなの飲んでみて」



はい、じゃあご飯まで冷蔵庫に入れておこー!といつも以上にテンションの高い藍ちゃんの後を追いかけて台所へ行けば、美味しそうな匂いが鼻孔を擽った。
もう料理も最終段階らしい。
一人では大変だから、と手伝いを申し出たけれど今日の主役は座っていて、と笑顔で断られた。



「おばあちゃん、できたの運ぶよ」
「いいからいいから、桜月ちゃんは座っててって言ったでしょう?
藍くん、運んでもらえるかしら?」
「もちのロンでーす。桜月ちゃんは向こうで座って待ってな〜」



缶を冷蔵庫に入れ終わった藍ちゃんに台所から追い出される。
この数年ですっかり仲良しになったこの二人。
本当の孫はどっちなんだか、とたまに本気で思うことすらある。










「由布子さーん、これで全部〜!」
「はいはい、じゃあそろそろ始めましょうね」
「お腹すいた〜」
「ふふふ、じゃあ桜月ちゃんお誕生日おめでとう」
「二十歳オメデトー!」
「おめでとう」
「ありがと!」



四人でグラスを合わせてそれぞれが飲み物を口に運ぶ。
祖父と藍ちゃんはビール、祖母は烏龍茶、私は藍ちゃんが持って来てくれたチューハイ。

初めてのお酒。
藍ちゃんが持って来てくれたお酒の中でもチューハイが一番種類が多くて。
理由を聞けば初心者が飲みやすいのはチューハイだから、とのこと。
その中でも桃味ならば飲みやすいかと選んでみたけれど、これは…………。



「ジュース、じゃないよね?」
「お、桜月ちゃんイケる口じゃ〜ん?」
「飲み過ぎるなよ」
「そうそう。おじいちゃん、これ」
「……あぁ」



祖父母の間でそっと手渡しされて祖父から私へ差し出された大きい箱。
受け取ってみれば重さに比例せず意外と軽い。
二人の様子を窺えば、開けてみるよう目線で促された。
包装紙を丁寧に外して箱の蓋を開けてみると黒革の大きめな四角いバッグ。



「おじいちゃんと藍くんと相談してね、就活でも使えるバッグにしてみたのよ」
「スーツは後で金渡すから自分で好きなの選んで来い」
「え、いや、でもバイトしてるし、スーツのお金は自分で出すよ」
「遠慮しなくていい、就職したら働いて返せ」
「結局自分のお金じゃん……」
「桜月ちゃん、おやっさんのことだから受け取ったお金は手を付けずにそのままにしておくよ、きっと」
「伊吹、余計なことを言うな」



何だかんだでこの二人も仲良くなったよね、なんて思いながらチューハイをちびちび飲んでいたら、藍ちゃんが上着から小さな箱を取り出した。



「俺からも誕生日おめでとー」
「……何、これ?」
「誕生日プレゼント?」
「さっきもらったよ?」
「いや、これがプレゼント」
「だって、お酒いっぱいくれたじゃない」
「いやいやいや、あれは差し入れって言ったじゃん?
ちゃんと考えてるってこの前、俺言ったじゃん?」



とにかく開けて、と手渡された白い包装紙に薄いピンクのリボンのついた箱。

包装紙を剥がして蓋を開けてみれば、



「腕時計……」
「まぁ今は携帯があるけどさ?就活する時に腕時計あった方がカッコいいじゃん、と思ってさ〜」
「……藍ちゃん、」
「んー?」
「私、こんなのもらえないよ」
「、え……気に入らなかった?別なのにする?一緒に選びに行く?」
「そうじゃなくて、……こんな高価なの、もらえない」



この人からはいつももらってばかりで何一つ返せていない。
それは祖父母にも言えることだけれども、藍ちゃんは家族でも血縁関係でもない。
お兄ちゃんみたいだ、と言ったことはあるけれど兄でないことは自分が一番分かっている。



「なーんだ、そんなこと」



ちょっと安心したような藍ちゃんが箱の中から時計を取り出して、私の左手首に付けてくれた。
丸い文字盤はピンクゴールドとシルバーで彩られ、ベルトはシャンパンゴールドでワンプッシュバックル……私の好みど真ん中。



「はい、もう返品不可でーす」
「藍ちゃん……ありがとう」
「どういたしまして〜」



何故か私以上に嬉しそうな藍ちゃんに頭を撫でられる。
あれだけ憂鬱だった就職活動が一瞬にして楽しみなものに変わった気がした。
どんなに辛くても頑張れそうだと思えたのは、きっと藍ちゃんがくれたこの腕時計のお陰、かな。


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