コウノドリ

□デート前日
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「……高宮?」
「あ、お疲れ様です。良かった、来てくれて」
「…屋上で待ってる、って意味で捉えて良かったんだよね?」
「明日出かけるにしても鴻鳥先生の連絡先知らないからどうしようかと思ってました」
「そう、だね…」



彼女も同じことを考えていたと思うと何だか胸が温かくなるのを感じた。
さっきから心臓がおかしいのは体調が悪いのだろうか。
先に屋上に来ていた彼女はベンチに座り、お弁当を広げていた。
卵焼きに唐揚げ、ブロッコリー、ミニトマト、きんぴらごぼう…忙しい毎日を過ごしているのに彼女はお弁当を持って来ることが多い。
隣に座ってパンの袋を開ければ、高宮がバツの悪そうな表情を見せる。



「……あんまり見ないでください。大したもの入れてないんで」
「そう?美味しそうだよ?」
「食べます?」
「いいの?」
「おかずはまだ手をつけてないので」



卵焼きを摘んで口に入れる。
しっとりしていて出汁が利いている。
甘い物が苦手な彼女の卵焼きが甘めの味付けなのが意外だ。



「甘い…」
「あー…実家の卵焼きが甘いのだったので…その名残です。
前に甘くないの作ったこともあるんですが何かしっくり来なくて」
「へぇ……」



あの夜のように、また知らない彼女の一面を見た気がした。
ぼんやりと彼女を見つめていたら、箸を置いてスマホを取り出す高宮。
そういえば連絡先の交換をするんだった。



「鴻鳥先生、LINEやってます?」
「あぁー…一応ね。あんまり使わないけど」
「まぁ病院からの連絡は電話ですし、ねぇ…」
「高宮がLINEがいいならそっちでもいいけど」
「……一応、電話番号教えてください」
「うん、ちょっと待って……えーと、番号はどこで見るんだっけ…」
「自分の番号くらい覚えててください…」



電話とメールしかやらないのにスマホが勿体無い、と前に助産師達から言われたことを思い出した。
使いこなせないのは分かっているが所謂ガラケーはサービス終了になりつつあるので、どうしようもなくスマホを持っているのであって、可能ならばガラケーでいい。



「すみません、ちょっと失礼します」
「うん?」
「たぶん設定を開いて…」



何の気無しにスマホの画面を覗いてくる。
急に至近距離に彼女の顔があり、思わず少し身を引いてしまった。
あ、と思った時には時既に遅し、申し訳なさそうな表情の高宮が目に映った。



「すみません…」
「ごめん、嫌じゃないんだ。ちょっと驚いて」
「前にも言われたことあるんです、『パーソナルスペース狭過ぎ』って。
仕事中は特に気をつけてはいたんですが…」
「嫌じゃないよ…高宮なら、むしろ嬉しい」
「……止めてください、鴻鳥先生。本気にしますよ」



いつの間にか番号を控えていた彼女がそっと距離を取っていった。
その瞬間に気づいてしまった。
開けられた距離が寂しいことに。
もっと側に行きたいと思っていたことに。

それが意味することは。

一回鳴らしますね、と言われて数秒後に着信音が鳴る。
そのまま通話ボタンをタップすれば驚いたように目を見開いている彼女を見据えたままスマホを耳に当てる。
それに倣うようにスマホがあてがわれたのを見届けてから言葉を紡ぐ。



「本気にしてよ」
「え、」
「明日の約束も今言った言葉も遊びで言ったつもりないよ」
「えっ…えーと……」
「返事、明日会った時に聞かせて」



駅前に10時集合ね、と言って通話を切る。
スマホを耳に当てて僕を見つめたままポカンと口を開けている彼女の頭に手を乗せた後、屋上を後にする。

少しは意識してほしいものだ。
オンコールとは言え、半分休みの日にただの後輩を誘って出かけるようなことはほぼ間違いなくしない。
彼女だから誘ったのだ。
勿論、彼女にその気がないなら話は別だがあの夜言い逃げしていった台詞を思い返せば僕の勘違いということもなさそうだ。

その辺り、明日じっくりお互いの考えをすり合わせるのもありかもしれない。



*デート前日*
(桜月?大丈夫?)
(加江…?何が…?)
(画面……何かすごいことになってるよ)
(えっ、うわぁ…何だコレ…)
(体調悪い?大丈夫?)
(ごめん、ちょっと考えごと…)

fin...


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